鉄道に生きる

大矢 裕一 明石車掌区 車掌

自分を律し、つながりと感謝の気持ちを大切にする

 特急「スーパーはくと」をはじめ、JR神戸線を中心に1日約560本の列車を担当している明石車掌区。そこで働く大矢裕一は、運転士、車両検修の経験を活かして車掌として乗務している。

事故を惹き起こした会社の社員として

 JR西日本が福知山線列車事故を惹き起こした時、入社2年目の大矢は甲子園口駅で勤務していた。現場が近かったこともあり、お客様からのお問い合わせが多かった。被害に遭われた方々からお声をいただくこともあり、安全を預かる責任の重さを感じ自信がなくなり、「会社を辞めたい」と思ったこともあった。だが、「ここで辞めることは逃げることと同じ。自分で希望して入った会社なのだから、逃げずに事実と向き合い、自分の接客が会社の信頼につながると信じて精いっぱいできることをする」と自分を奮い立たせた。

車掌運用者 運転士から車掌へ

お客様からのお問い合わせにiPadを使ってご案内。

 その後車掌を経て運転士として勤務していた時、再び車掌として乗務する車掌運用者(BC運用※1)の募集掲示が目に留まり、応募した。「車掌をしていて、『こんな事象が起きた時、運転士はどんなことをしているのだろう』と思ったことが何度もありました。募集の掲示を見て、運転士の経験を活かせば業務の幅が広がり、安全、CSともにより質の高いサービスを提供できることに魅力を感じました。また運転士の経験を持った車掌として、レベルの高い車掌を育てることに貢献できることにもやりがいを感じ、応募を決意しました」。

 BC運用においては、2カ月間車両検修社員として勤務する機会が与えられる。短い時間ではあったが、大矢は交番検査※2に加え、故障発生時の対応に携わったことで、意識に変化が生じた。「車両への愛着が湧きました。例えば、ドアの開閉スイッチなどの機器の取り扱いなどの動作を丁寧に行うようになりました。また、故障が発生した時にはどのような場面でどのような不具合が起きたのかできるだけ詳細に伝えようという意識が芽生えました。そうすることで検修社員が作業しやすくなり早期の復旧や今後の良質な車両の提供につながり、結果的にお客様の快適な旅へとつながっていきます。また、車両という他系統の経験を積んだことで、多くの方々に支えられて初めて自分が仕事ができて、それは本当にありがたいことなんだということを強く感じました」。列車を走らせるには多くの人が関わっているということは分かっているつもりだったが、実際に経験して体で感じさせられた。

乗務員人生の基盤を築く指導 自律と感謝

後輩から質問があった場合はすぐに答えを出さず、「考える力」が身に付く指導を心がけている。

 大矢は、指導車掌として後輩の指導にも取り組んでいる。「車掌は乗務員としての第一歩であり、ここで教えたことが乗務員人生の基盤になる」と考え、車掌として、そして社会人として恥ずかしくない人間に育てることを目標にしているという。常々伝えているのは、いつもお客様からのまなざしを受けているということ。「私の子どもが『将来、電車の運転士になりたい』とクラスメイトの前で発表していました。制服を着て歩くだけで憧れの対象となる、そんな会社で働いているのだということを実感しました。『見られている』ことを自覚し、時間管理や体調管理など強く自分を律して、さらに身だしなみにも気を付けるよう指導しています。自分がしっかりしないと指導もできませんので、指導することを通じて私自身も成長していきたいと思っています」。

 そして一番強く訴えるのが、人と人とのつながり、感謝の気持ちだ。「いつ何時、誰のお世話になるか分かりません。そこで助けてもらうためには、まず自分が一生懸命働いて、積極的に職場の取り組みに参画するなどして職場に溶け込まなければならないと思います。そうして築いた人間関係が、いつの日か必ず役に立ちます。同時に、出会った人々への感謝の気持ち、自分が働けることへの感謝の気持ちを忘れないことが大切です。過去の職場から『また一緒に仕事がしたいなあ』と慕われるような人になってほしいです」と、後輩の人間としての成長も願う。

 「大矢の弟子は出来がいいな」と言われる時が一番うれしいと話す。「まずは自分自身が身をもってその姿を見せなければ」と自分に対して一番厳しい大矢は、お客様だけでなく、仲間からも視線が注がれていることを、誰よりも分かっているのだろう。

※1.経験3年以上の運転士を対象に公募しており、運転士、車掌の相互理解の促進と連携強化を目的に運用。 ※2.車両の集電装置、走行装置、電気装置、ブレーキ装置、車体などの状態、作用および機能について、在姿状態で行う検査。
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