Blue Signal
November 2008 vol.121 
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特集[神々が座す白嶺への旅 白山 石川県白山市・福井県勝山市] 女神と菩薩の座 神仏混淆の白山信仰
霊峰へと導く3つの馬場と禅定道
白山登拝の起点 加賀と越前の神域
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別山頂上から白山本峰の御前峰を望む。尾根沿いに登山道が伸び、ここからほぼ5時間の道程で御前峰山頂をめざす。(撮影:吉澤康暢氏)
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 貴女の霊言に導かれた泰澄が、2人の弟子とともに白山の山頂で感得した神について『泰澄和尚伝記』はこう伝えている。「真のお姿を見せてください」と一心に念じると、主峰の御前峰の伊弉冉神、白山妙理大菩薩である神は、本地仏である十一面観音の姿に変わって泰澄の前に現れた。

 同じように、大汝峰の神である大己貴神[おおなむちのかみ]は阿弥陀如来に、別山では土着神の小白山大行事は聖観音の姿になったという。これが神仏混淆の本地垂迹である。神仏混淆は日本独自の信仰形態で、神は本地である仏の仮の姿として現れるもの、つまり「権現」である。この白山の3神は白山三所権現と呼ばれている。

 御師[おし](布教者)の布教とともに白山信仰が広がるにつれ、多くの修行僧や信者が白山に登拝するようになる。その登拝のために切り開かれたのが禅定道[ぜんじょうどう]だ。修行の道、信仰の道である。禅定とは白山の山頂を指し、神と仏の住む世界、あるいは聖なる世界で修行すること、また仏教修行の極地を意味するともいう。禅定への道は、白山を囲む越前、加賀、美濃の3国に開かれ、それぞれ越前禅定道、加賀禅定道、美濃禅定道と呼ばれた。これらの禅定道の起点を馬場[ばんば]という。馬を留め置く場所で、馬場は登拝の拠点でもある。越前馬場には福井県勝山市にある現在の平泉寺白山神社[へいせんじはくさんじんじゃ]、加賀馬場は石川県白山市にある白山比v[しらやまひめ]神社、そして美濃馬場は岐阜県郡上市の長滝白山神社が開かれた。いずれも神仏混淆の時代は神社と寺院が共存する形態で、とりわけ僧が権勢を誇った。

 白山比v神社所蔵の『白山記』によると、832(天長9)年に3カ所の馬場と禅定道が開かれたと記されている。近年の学術調査でも概ね平安時代前期に三馬場、三禅定道が成立したと考えられ、泰澄の白山開山からおよそ100年後ということになる。人跡未踏の深山に分け入り、峡谷や尾根に道を開くというのはそれほどに困難なことなのだろう。しかし困難だからこそ修行でもある。

 どの禅定道も長く険しく、道程のほとんどが急で厳しい。一人が通れるほどの心細い道が、鬱蒼とした深い森の奥に延々と続く。深く削られた渓谷があり、大きな滝が落下し、神威を示すような巨樹が怪奇な長い枝を無数に伸ばしている。絶え絶えの息で禅定道を辿っていくと、不意に遥拝所があって、樹々の向こうに白山が垣間見える。おそらく泰澄も同じ風景を眺めたに違いない。

 越前禅定道は、平泉寺白山神社の境内裏から尾根伝いに御前峰に至る道で、泰澄が開山したときに辿った道だといわれる。加賀禅定道は白山比v神社を起点に、もっとも長い行程を行く。一里野(尾添)からハライ谷を通り、尾根を辿るのが古道で、大汝峰を経て御前峰に至る。美濃禅定道は長滝白山神社を起点に、途中、白山中居神社を経て銚子ヶ峰、三ノ峰、そして別山から御前峰をめざす。

 これらの道筋には、身を清める祓い谷や、修験者が籠った岩窟、修行をした滝、堂社や祠や地蔵など信仰の施設が各所に設けられていて、禅定道は白山と一体化した信仰そのものなのだ。現在は大正時代頃に整備された登山道を歩くのが一般的だが、禅定道を忠実に辿るならば千年以上の時を超えて、泰澄の祈りの片鱗にふれられるかもしれない。
霊峰へと導く3つの馬場と禅定道
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白山市鶴来町を流れる手取川。川向こうの森が舟岡山で、その手前に加賀馬場の白山比v神社の旧社地がある。加賀平野の扇状地はこの地点から広がる。
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白山山系の険しい峡谷。ブナの原生林、ニホンカモシカやイヌワシなどの動物が生息し、クロユリ、ハクサンシャクナゲなどの高山植物も豊富。ユネスコの生物圏保存地域とIUCN(国際自然保護連合)認定の保護地域に指定されている。
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越前禅定道の三ツ谷付近。平泉寺からの禅定道を辿って尾根を越すと三ツ谷。ここから市ノ瀬を経て再び急な登りの山道が続く。
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大汝峰側から見た御前峰(右)と剣ケ峰(左)、その手前の翠ケ池には、九頭竜が現れ、泰澄に本地の姿を感得させたという伝承が残る。(写真提供:白山比v神社)
 
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加賀禅定道のハライ谷付近、川の水で禊をして白山に向かった。現在は谷を通らずに新道を辿るのが一般的。
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越前禅定道の小原峠には地蔵を安置した祠がある。天候がよければこの峠から白山を遥拝できる。
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市ノ瀬の越前禅定道。再び急な登りの山道が続き、御前峰をめざす。
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美濃禅定道の石徹白(いとしろ)の集落から見た雪を頂く白山。石徹白は薬草や護符を配布して白山信仰を広めた御師の集落。
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2,702mの御前峰山頂から雲海を見渡す。山頂には白山比v神社奥宮が鎮座する。(撮影:高羽 央氏)
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