Blue Signal
March 2006 vol.105 
特集
駅の風景
うたびとの歳時記
大阪駅進化論
天守閣探訪
特集[酒香かぐわしき酒の郷] 美酒を育む、酒都西条
天恵の水で醸す「おんな酒」
芳醇と端麗、酒の命を育む蔵のちから
イメージ
間口13間(約24m)、桁行30間(約55m)の白い壁が目に鮮やかな白牡丹酒造の延宝蔵。写真の向かって右側が創業時の延宝蔵で、城壁のような石組みになっている。外観は改装されて新しいが、蔵の基礎を見ると建てられた時代が分かる。
このページのトップへ
西条の酒蔵通りには8つの醸造所があり、用途に応じて醸造(仕込み)蔵、貯蔵蔵がある。酒造りも近代化が進み、伝統的な酒蔵が姿を消していく中で、白いなまこ壁の大きな酒蔵が路地を挟んで建ち並ぶ町並みは、酒都の個性として、また文化遺産としても貴重な風景だ。訪れる人にはそれが魅力なのだが、酒蔵とは本来、杜氏や蔵人のいわば仕事場であり、醸造のために欠かせない自然の装置なのである。

蔵のちからが酒を育むといってもよい。酒の出来を左右する重要な要素の一つは昔も今も温度の管理である。近代的な醸造はコンピューターで制御するが、伝統的な酒造りは蔵がその役を務める。麹室では摂氏30℃程度の室温を保ち、麹の働きを活発にしてやる必要がある。また、仕込みでは室温が上がりすぎると外の冷気を取り入れて冷やさねばならない。仕込みタンクの中で麹がでんぷんを糖化する際も、温度を管理しながら発酵速度に緩急をつける。杜氏の経験に従い、酒蔵は温蔵庫にもなり冷蔵庫にもなる。

一般の蔵は収納・保管が目的のため、盗難や火災を防ぐ目的で設計されるが、西条の酒蔵は「開放蔵」と呼ばれる建築様式だ。蔵は通常2階建て構造で、高窓が随所に設けられ、風を導き、通気をよくするように設計されている。気温、湿度に応じて内部の温度を調節するのが、開放蔵と呼ばれるゆえんだ。なまこ壁の高さも外部の湿度を遮断しやすい高さを計算して施され、土壁はゆうに30cm程の厚みがある。そして壁土は保温性を高め、湿気をよく吸収するために、もみ殻や藁を混ぜて仕上げる。西条ではどの醸造所も蔵の配置は同じ方向を向いて建てられている。蔵内の温度を下げるため、北風を取り入れられるように北側に窓が設けてあるのだ。外から眺めるだけでは分からない酒蔵のしくみは、ひとえによい酒を造ろうとした先人の知恵と工夫である。

白牡丹酒造には、1675(延宝3)年の創業時の延宝蔵が現存する。「外観は改装していますが、内部は昔のままです」と教えてくれたのは、戦国武将の末裔である島治正さんだ。現在の当主は14代目。白牡丹酒造は西条酒の先覚といわれる酒造家で、その延宝蔵に足を踏み入れると、中は冬でも寒くない。むしろ適度な温度と湿度が保たれている。天井を仰ぐと太い大きな梁が幾本も組み合わされて建物を強固に支えていた。

白牡丹は、「甘口だけれど後切れが良く、芳醇な旨み」が身上だ。そんな白牡丹をこよなく愛した一人に夏目漱石がいる。持病の胃弱のせいで酒はあまり嗜むことはなかったが、白牡丹だけは別だという句を寄せている。「白牡丹 李白が顔に 崩れけり」。しかし漱石が好んだ白牡丹と現在のそれとは風味が微妙に異なる。「甘さのタイプもその時代ごとに変えています」と島さん。

「でも、気がかりなことがあるんです」と島さんは続ける。「地球温暖化が酒造りに微妙に影響しはじめているような気がするのです」と。以前は12月に入ると外は吹雪き、厳寒期には雪景色が普通だったという。そういう事情もあって、白牡丹酒造では年間を通じて安定した醸造ができるように大吟醸、吟醸酒を除いて自動化に切り替えた。

そうであっても、西条が酒都であることに変わりはない。また試行錯誤を繰り返しながら350年の伝統はさらに年を重ねていくことだろう。近年、町の姿は都市開発で様変わりしはじめているものの、酒蔵地区だけは風土に根ざした酒造りとともに、ゆっくりと静かに時間を刻んでいる。
イメージ
賀茂鶴酒造の酒蔵は13の蔵からなる。仕込み蔵は3蔵で、それぞれの蔵に杜氏がつき、大吟醸から吟醸、純米酒などに分けてそれぞれの味わいを競い合っている。
イメージ
イメージ
白牡丹酒造創業当時の姿をとどめる延宝蔵の梁組み。大屋根を支えるため、束と梁を組み合わせる「和小屋」と呼ばれる構法と、合掌造りに用いられる「さす組」という小屋組を併用した独特な構造。
芳醇と端麗、酒の命を育む蔵のちから
このページのトップへ
イメージ
「開放蔵」と呼ばれる酒蔵は、自然換気方式の窓が規則正しく配置されている。仕込み蔵の内部で発生した多量の炭酸ガスを逃す役割と、蔵内の室温を調整する役目がある。
イメージ
酒蔵の入り口に吊るされた杉玉。本来の意味は、「新酒を仕込みました」の印として緑色のものを吊るす。やがて枯れて茶色となると「そろそろ飲み頃です」の印となる。
イメージ
賀茂鶴酒造の麹室。内部は蒸米に麹をつける部屋、麹米を寝かせる部屋に分かれ、それぞれの入口は外気温の影響を受けないように分厚い2重の扉があり、温度、湿度を徹底管理している。
このページのトップへ
←BACK12|3|