京都の東山を正面に、鴨川を眺め四条大橋を渡ると南座の大提灯が見えてくる。この辺りは祇園と呼ばれ、八坂神社の門前町として発展した。四条通から切り通しを北に折れるとやがて小径となり、清らかに流れる白川に架かる巽橋[たつみばし]に出る。その先には、桜の巨木に守られるように辰巳[たつみ]神社が鎮まり、白川沿いには、お茶屋の屋号や役者の名が記された朱色の玉垣が続く。石畳の新橋通の両脇には出格子が続く京町家が整然と立ち並んでいる。ここ祇園新橋界隈は、江戸時代後期より舞妓[まいこ]や芸妓[げいこ]が往来する茶屋町として賑わい、京の芸能と深く結びついている場所だ。その情緒ある佇まいは現在も変わらず、往時を今に偲ばせている。
京都には祇園甲部[ぎおんこうぶ]、宮川町[みやがわちょう]、先斗町[ぽんとちょう]、上七軒[かみしちけん]、祇園東[ひがし]という花街があり、その総称を「五花街」と呼ぶ。だらりの帯をしめ、おこぼを履いた舞妓や衿替[えりか]えを終えた芸妓たちが、風流な舞でお座敷を魅了する。華やかな京の芸能文化は脈々と現在に受け継がれ、「都をどりは〜、ヨーイヤサー」の掛け声とともに京都に春を告げる祇園甲部の「都をどり」をはじめ、各花街では盛大な催事が行われている。
祇園白川の畔に鎮まる辰巳大明神。祇園の人々からの信仰が厚く、特に芸事の上達を願い、手を合わせる舞妓や芸妓の姿が見られる。
祇園新橋通には京町家が並び、軒先には“つなぎ団子”の提灯が彩る。重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。

祇園を流れる白川に架かる巽橋。白川南通と新橋通の分岐点に位置し、周辺は石畳に紅殻格子の京町家が並ぶ風情ある一角。
『阿国歌舞伎図屏風』(部分)。舞台上を見ると、刀を肩にかけたかぶき者、柱のそばに坐す茶屋のかか、頬かむりをした道化役の猿若がおり、阿国歌舞伎の代表的演目である「茶屋遊び」が演じられていることが分かる。出雲の阿国が北野社の能舞台を代用して「かぶき踊り」を始めたのは1603(慶長8)年で、この屏風はその舞台を描いている。(京都国立博物館蔵)
新作能「媽祖(まそ)」を演じる観世流能楽師 十世片山九郎右衛門(片山清司)。海を越えた台湾の女神 媽祖を題材にした演目で、片山九郎右衛門が企画、演出を担当した。祖母は四世井上八千代、姉は五世井上八千代。
(写真提供:片山家能楽・京舞保存財団)
祇園甲部歌舞練場に隣接する「八坂倶楽部」。木造二階建ての大正建築で国登録有形文化財。東山を借景とする池泉庭園があり、1階の茶室「如庵」は待合、点茶などに用いられる。2階は132畳敷の広大な舞台座敷となっている。八坂倶楽部では、通常時(3月上旬〜5月上旬を除く期間)「祇園花街芸術資料館」を開設している。(写真提供:祇園甲部)
祇園甲部歌舞練場の本館劇場。「都をどり」や、京舞井上流に伝わる伝統的な舞を披露する公演「温習会」など、随時特別公演を行う。総をどりの舞い手が左右から現れる花道があり、「都をどり」では、舞台上手には地方(三味線・唄)の列座、下手は囃子方(太鼓・笛など)の列座が設けられる。(写真提供:祇園甲部)
舞や踊りの起こりは、神話の時代と伝えられている。天照大神[あまてらすおおみかみ]が岩戸に籠もり世が暗闇に覆われた時、天鈿女命[あめのうずめのみこと]が岩戸の前で踊ることで大神を引っ張り出し、光を取り戻したという『古事記』の中の神話だ。舞や踊りは神に捧げるものとして、その根底には神への畏敬の念が込められている。日本の舞台芸能の能や狂言は大和地方を発祥に、中世の京都で成熟した。足利義満の庇護により世阿弥[ぜあみ]が能を大成。その伝統は、観世流[かんぜりゅう]を伝承する片山家が現在に伝えている。その観世流や金剛流[こんごうりゅう]を代々で舞に採り入れ、昇華させたのが京舞井上流だ。
日本舞踊は歌舞伎舞踊などの技法を基本に、女性も舞台にあがる舞踊である。歌舞伎は京都北野社の境内で披露された出雲阿国[いずものおくに]による「かぶき踊り」に始まり、現在の歌舞伎の原型が確立されたのは元禄時代。当初は、女形[おんながた]の美しさの追求こそが真髄であったという。時代も下り、ドラマ性をもつ舞踊劇が誕生すると役の幅は広がり、庶民の風俗を写した舞踊の発展へとつながっていく。明治末期には坪内逍遥[つぼうちしょうよう]が国劇の改革を提唱し、著書『新楽劇論』において「舞踊[ぶよう]」という言葉を世に定着させる。「舞」と「踊り」を融合した造語だが、古典舞踊にとらわれない、新しい舞踊作品を創造する「新舞踊運動」を展開した。それに伴い、女性日本舞踊家が躍進し、日本舞踊は歌舞伎という母体から脱却、舞台芸術として独立していく。
日本舞踊の流派は100を数えるが、京舞といえば井上流を示す。京の五花街の中でも最大規模を誇る祇園甲部の流派は京舞井上流の一流派のみだ。その拠点が祇園の花見小路[はなみこうじ]沿いにある祇園甲部歌舞練場[かぶれんじょう]。祇園甲部では現在、芸舞妓合わせて79名が在籍し、春の「都をどり」や秋の「温習会[おんしゅうかい]」をはじめ、さまざまな催事がこの歌舞練場で行われている。

























