倉敷美観地区の今橋から眺める風景。美観地区は鶴形山の南の麓に広がるエリアを指し、正式には「倉敷川畔伝統的建造物群保存地区」という。

特集 一輪の綿花から始まる倉敷物語 〜和と洋が織りなす繊維のまち〜〈岡山県倉敷市〉 備中綿で繁栄した天領地

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綿花がもたらした豪壮な蔵屋敷群

倉敷市の種松山上空から倉敷平野を望む。眼下に見える平野部は中世には遠浅の海で、現在の児島半島もかつては島だった。

高梁川と河口の玉島港とを結ぶ一の口水門。高瀬舟による水上輸送を容易にするため江戸時代初期に整備された。

 そうして浅海に点在していた島々は陸続きになる。今では内陸部なのに玉島や水島、早島など島のつく地名が数多く見られるのは、かつては島だった名残だ。倉敷の南の児島半島も『古事記』に「吉備兒嶋」とあり、大倭豐秋津島[おおやまととよあきつしま](現在の本州)の次に生まれた島であると記されている。ちなみに現在の岡山平野2万5千haのうち2万haが干拓地だという。

 倉敷美観地区をそぞろ歩けば、倉敷川畔にギリシャ神殿を思わせる威風堂々の大原美術館が建つ。それは、日本で最初の西洋美術の殿堂だ。その対岸には豪壮な造りの商家の大邸宅がある。大原美術館を設立し、今日の倉敷の礎を築いた大原家の本邸だ。西日本豪雨(平成30年7月豪雨)では被害も少なく、倉敷川畔には洋館と白壁土蔵の商家群が情趣あふれる姿で建ち並んでいる。

 和と洋が織りなす、この景観こそ訪れる人を魅了する倉敷の魅力だ。倉敷とは、一説には蔵が建ち並ぶ「倉敷地」に由来するともいわれ、江戸時代には鶴形山の南麓の、現在の美観地区周辺を倉敷村と呼んだという。蔵や倉は言うまでもなく富の象徴であり、美観地区の美しく、整然とした佇まいはまさに倉敷の繁栄の歴史を伝えている。

 日本遺産の「倉敷物語」はおよそ400年前に遡る。その時代、現在の岡山県の南西部は「吉備[きび]の穴海[あなうみ]」と呼ばれて一帯はことごとく浅海[せんかい]だった。高梁川が長い時間をかけて土砂を堆積し河口部の陸地化が進む一方、奈良時代から小規模な干拓が行われ、室町から戦国時代にかけて新田開発のための本格的な干拓が盛んになった。

 江戸時代の古地図によると倉敷の美観地区もかつては陸地と海のほぼ境にあった。その頃すでに高梁川の河口部にあった倉敷は上流域からもたらされる米や作物などの物資の集散地として繁栄していたが、干拓地が拡大するにつれて倉敷は一層飛躍し発展する。その繁栄の始まりが、干拓地で栽培された綿花だった。

 干拓と並行して用水路、排水路が整備される。が、干拓されたばかりの土地は塩分が多く、米づくりには向かない。そこで塩分に強く、商品として現金化しやすい綿や畳表のイ草の栽培が始まった。江戸時代の紀行文に「見渡す所の田地に、過半は綿を植えたり」とあり、綿の畑が干拓地一帯に広々と広がっていた光景が容易に想像できる。

タケヤリ帆布の中でも1〜3号の極厚帆布は同社の伝統的技術で織られるオリジナル生地だ。

 この綿が倉敷に大きな富をもたらす。1642(寛永19)年に倉敷は幕府直轄地である天領となり、水運のために開削された倉敷川の周辺には、綿をはじめ、米やイ草などを扱う問屋が建ち並び、仲買人で賑わった。物資の集散地である現在の美観地区周辺は、経済と文化の中心として繁栄する。そして豪商たちは富の象徴である白壁の土蔵や屋敷を構えた。

 繁栄を謳歌したのは美観地区周辺だけではない。玉島や児島地区周辺も綿の栽培と集荷地として賑わい、真田紐[さなだひも]や小倉織などの綿織物でも知られた。倉敷の伝統産業である帆布[はんぷ]の生産量は全国一。1888(明治21)年創業で国内最古の帆布メーカーである(株)タケヤリの大岡千鶴さんは、「倉敷帆布といえば世界でも品質に定評があります」と答えてくれた。倉敷市は学生服のほか繊維製品出荷額が国内一を誇る。

 その児島半島の南端、瀬戸内海に面した下津井[しもつい]は江戸時代には北前船が寄港し、綿花栽培の肥料である干鰯[ほしか]やニシン粕[かす]をはじめ、綿取引で賑わった歴史がある。

国内生産の7割が児島で、さらにその大半をタケヤリが製造し、倉敷帆布として国内外に供給している。

タケヤリのデザイナー、大岡さんは大阪の繊維商社から故郷にUターン。「最高品質の一級帆布を明治以来130年作り続けています。現在、自社ブランドを立ち上げて新たなマーケット開発に取り組んでいます」と話す。

児島港に残る旧野崎浜灯明台。綿、塩、いかなごを通称「児島三白」といい、児島に富をもたらした。

児島半島の南端、瀬戸内海に臨む下津井港はかつて北前船が寄港し、四国への交通の要所でもあった。写真は、「むかし下津井回船問屋」で、明治時代の回船問屋を復元した資料館。

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