続・沿線点描 スローな旅 京都丹後鉄道 宮舞線 宮豊線 西舞鶴駅〜久美浜駅(京都府)

絶景の海岸線に寄り添い、丹後半島のつけ根を走る。

京都丹後鉄道は、京都府の宮津駅を分岐点に3路線(宮舞線、宮豊線、宮福線)をT字に結ぶ路線。
今回は、宮舞線 西舞鶴駅から、丹後地域最西端の宮豊線 久美浜駅までの全長約70kmを紹介する。列車は日本海に沿って西に向かい、久美浜駅をめざした。

列車は奈具海岸沿いを走る。車窓からは白色の巨石、松の緑と海の青のコントラストが美しい。

“海の上”を走るように由良川橋梁を渡る

標高301mの五老ヶ岳山頂から見た舞鶴湾。

 京都丹後鉄道の前身は「北近畿タンゴ鉄道」。宮津駅と福知山駅を結んだ「宮福線」、西舞鶴駅から兵庫県の豊岡駅までの「宮津線」の2路線が運行されていた。その後、車両や路線は引き継がれ、現在は3路線の第3セクターの鉄道として人気だ。西日本豪雨(平成30年7月豪雨)では被害が出たが、現在は復旧している。

伊佐津川河口に広がる漁師町の吉原地区。入江に並ぶ小船の風景は情緒的で、映画のロケ地にもなった。

 今回の旅の起点は西舞鶴駅。乗車の前に、舞鶴を歩いた。舞鶴は細川幽斎[ゆうさい]が築いた城下町で、居城の田辺城は別名「舞鶴城」とも称された。それが「舞鶴」の地名に由来している。

 田辺城は現在、舞鶴公園として市民の憩いの場になっている。そこから城下を流れる高野川に沿って北に向かうと、かつての商業の中心地だった竹屋町や吉原地区など趣のある風景が点在する。

 列車ののりばはJRの西舞鶴駅4番ホームの南端にある。ホームを離れた列車は隣の四所[ししょ]駅を過ぎると進路を北に、由良川に沿って走る。丹後神崎駅を通過すると、沿線随一のビューポイントの由良川橋梁に差しかかる。橋の高さは海面から約6.2m。車窓から見ると水面が目線の位置。まるで海の上を走っているようで、「ワーッ」という乗客の歓声が車内に響き渡る。

 橋を渡れば丹後由良駅で、辺りは文豪 森おう外の著書『山椒大夫』ゆかりの地だ。『安寿と厨子王』の舞台で知られ、安寿姫はここ由良の浜で汐汲みを課されたと伝承される。

 列車から見える日本海沿いの荒々しい岩礁が続く奈具[なぐ]海岸は、侵食された花崗岩[かこうがん]が美しい。ここも沿線の景勝地で知られるポイントで、磯釣りのスポットでも知られる。

 栗田[くんだ]駅を過ぎるとまもなく宮津駅。丹後半島のつけ根に位置する宮津は北前船の港町として栄えた。駅から西にほどなく行くと、旧城下町の風情を残す「ぶらり歴史のみち」という約3.3kmの観光コースが整備されている。廻船業や酒造業で財を成した豪商屋敷や300年の歴史を誇る老舗醤油屋など、白漆喰の壁や格子が往時を偲ばせる。また、1896(明治29)年に建てられたカトリック宮津教会の聖ヨハネ天主堂は、国内で現存する2番目に古い天主堂とされる。

由良の汐汲浜にある森おう外文学碑。汐汲浜は森おう外の『山椒大夫』で、安寿姫が一日3荷の汐水を汲んだ浜と伝わっている。

北前船で栄えた宮津には江戸時代の豪商屋敷で国の重要文化財に指定される「旧三上家住宅」など、かつての栄華を偲ばせる史跡が点在している。

人気の観光列車「丹後くろまつ号、丹後あかまつ号、丹後あおまつ号」

丹後の海と山の幸を味わうレストラン列車「丹後くろまつ号」。コースはスイーツ、ランチ、ほろ酔いの3コースがある。

丹後「あかまつ号」は、丹後の海の絶景をゆったり贅沢に楽しむカフェテリアだ。

 京都丹後鉄道には、普通列車とは別に3タイプの観光列車が運行されている。「丹後くろまつ号」は「『海の京都』の走るダイニングルーム」がコンセプトで、車内では地元食材をふんだんに使ったコース料理を楽しめる。「丹後あかまつ号」、「丹後あおまつ号」は日本海の白砂青松を象徴する「松」がモチーフで、木材を基調にした贅沢な内装だ。走る区間は車両によって異なるが、由良川橋梁を走る列車の車窓には日本海の絶景が広がり、列車は景勝・奈具海岸で見物や撮影のために一時停止してくれる。どの観光列車にもアテンダントが添乗し、沿線を案内。「丹後くろまつ号」と「丹後あかまつ号」は要予約。

天橋立を車窓に、丹後ちりめんの里へ

文殊山山上からの天橋立の眺望。天橋立の幅は約20〜170m、全長約3.6kmの砂嘴(さし)でできた砂浜で、大小約8,000本もの松が茂る白砂青松。

 丹後の宮津のシンボルといえば日本三景の一つ、天橋立だ。世界遺産登録を願って、地元ではPRに励んでいる。最寄り駅は天橋立駅で、四季を問わず大勢の観光客が訪れる。“股のぞき”で有名な天橋立の展望台からの眺望は、天に舞い上がる龍に見えることから「飛龍観」と呼ばれている。神話では、天にいたイザナギが眞名井[まない]神社にいたイザナミに会うために用いた梯子[はしご]が倒れて、この天橋立になったと伝えられている。

「丹後ちりめん歴史館」の今井さん。「現在の生産量は最盛期のわずか3%です。でも、創作意欲のある若者もいて、そういう人たちが内外に発信し、その結果、与謝野町に足を運ぶ人が一人でも増えればという思いです」と話す。

 天橋立駅から約10分で与謝野駅。この周辺は「丹後ちりめん」の生産が盛んな地域で、加悦[かや]地区には国の重要伝統的建造物群保存地区に指定された「ちりめん街道」と呼ばれる旧街道がある。“ちりめん”とは撚[よ]りをかけた織物のことで、丹後ちりめんは経糸[たていと]に撚りのない生糸、緯糸[よこいと]に3,000回の撚りを施した生糸を交互に織り込むことで生じる「シボ」と呼ばれる凸凹状の模様が特徴だ。

 昭和30〜40年代の最盛期には旧街道上に織り屋が軒を連ね、機[はた]織り機の音が一日中聞こえたほどの賑わいだったそうだ。そんな丹後ちりめんの伝統を現在に伝える「丹後ちりめん歴史館」の今井浩助さんは、「組合の数は最盛期に5,000です。現在は時代の流れから、ピーク時の1/5ですが、今後も丹後の産業として発信していきます」と話した。

300年の伝統を伝える「丹後ちりめん歴史館」

織物工場を改修した歴史館内には、機織り機や商品が展示販売されている。

 ノコギリ型の三角屋根が特徴的な「丹後ちりめん歴史館」は、昭和初期に建てられた旧織物会社の跡地を整備し、2001(平成13)年にオープン。丹後の地場産業としての伝統と文化を守り続け、地域経済の活性化を担っている。

 館内では、織りや染色など丹後ちりめんを製造する一連の流れが見学でき、「手織り体験」なども実施されている。ほかにも大正、昭和期の古い写真や資料が展示され、さまざまなちりめん製品の販売もしている。

 また、与謝野町は俳人 与謝蕪村の母の出生地とされ、蕪村も39歳の頃より3年ほど過ごしたゆかりの地だ。「与謝」の姓は、それ以後から名乗ったそうだ。その与謝野駅から再び列車で、西をめざす。

 これまでの海の風景とは一変し、車窓には収穫期の終わりを迎えた田園風景が続く。峰山駅、網野駅を過ぎるとやがて夕日ヶ浦木津温泉駅だ。木津温泉は奈良時代の僧 行基ゆかりの古湯で、駅構内には足湯が設置されている。好天に恵まれれば海岸に足を運ぶのもいい。茜色が照らした夕日ヶ浦の夕景は圧巻だ。

 さて、行く先にこんもりした兜山[かぶとやま]が姿を現せば旅はいよいよ終盤。まもなく丹後最西端の久美浜駅に到着だ。丹後地方を東から西に横断した約70kmの旅程は、京丹後の豊かな自然を満喫する観光路線にふさわしい旅だった。

京丹後市の田園風景を走る列車。(京丹後大宮駅〜峰山駅)

夕日ヶ浦木津温泉駅にある木津温泉。奈良時代の僧、行基が疫病を治すために発見したとされる温泉で、駅では足湯が楽しめる。

明治初期、久美浜県が置かれた時の県庁舎正面玄関棟をモチーフにした久美浜駅。駅舎内には観光案内所が設置されている。

車窓から見た標高191m、円錐形の兜山。古来より、“神山”として崇められている。

夕景の名所・夕日ヶ浦海岸

別名「常世の浜」とも呼ばれる夕日ヶ浦。

 丹後半島の西側に位置する夕日ヶ浦海岸は全長8kmに及ぶロングビーチで、特に夕日の景勝地で知られている。スケール感ある見晴らしの良さもあり、ドラマ『砂の器』のロケ地に利用された海岸としても知られている。

 また、近年温泉郷としても注目され、周囲には旅館など数十軒の宿泊施設が建ち並ぶ。夏は海水浴、冬はカニ料理を求めて多くの観光客が訪れる。「夕日ヶ浦」の名称で、「日本の夕陽百選」に選ばれている。

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