続・沿線点描  スローな旅 智頭急行 智頭線 上郡駅〜智頭駅(兵庫県・岡山県・鳥取県)

兵庫、岡山、そして鳥取へ。因幡街道の三宿場を巡る。

智頭[ちず]急行智頭線は、兵庫県の上郡駅から鳥取県の智頭駅を結ぶ全長56.1kmの路線。
旧因幡街道に沿って中国山地を南北に縦断する。
第三セクターの鉄道として1994(平成6)年に開業した。かつての因幡街道の宿場町を辿りつつ、山峡のまち智頭を目指した。

JR西日本の因美線と、智頭急行の智頭線が乗り入れる智頭駅。

清流千種川を車窓に因幡街道の宿場町 平福へ

佐用川沿いに土蔵や川座敷が並ぶ平福の川端風景。平福は慶長・元和年間(1596〜1624年)に城下町として現在の町並みが形成された。

 智頭急行智頭線は京阪神から鳥取へ向かう最短ルートの路線だ。京都駅から「スーパーはくと」、岡山駅からは「スーパーいなば」などの特急列車が乗り入れ、陰陽連絡線としての役割を担っている。

 智頭線の起点、上郡[かみごおり]駅はJR山陽本線上郡駅と隣接する。JRから智頭線への乗り継ぎも容易で、山陽本線のプラットホームの西端に智頭急行の車両が待ち合わせている。

 力強いディーゼル音とともに駅を離れた列車は、まもなく高架上を走り、トンネルを抜けながら千種川[ちくさがわ]に沿って北上する。智頭線にはトンネルが全線を通じて41カ所もあり、距離にすると20kmを超え、総距離の約半分がトンネルだ。

旧街道が通る平福の町には、創業300年の醤油蔵などの商家が残る。

 列車は苔縄[こけなわ]駅を過ぎてトラス鉄橋を渡れば河野原円心[こうのはらえんしん]駅だ。この辺りは南北朝時代に活躍し、室町幕府の重鎮として重用された播磨の武将 赤松円心ゆかりの地だ。東の山塊には、「落ちない城」で知られた難攻不落の白旗城があった。現在は曲輪[くるわ]跡や土塁、石積を残すのみだが、新田義貞6万の兵に対し、わずか2千の兵力で50日余りにわたり堅守したことからそう呼ばれている。

 車窓に映る千種川に別れを告げると、姫新線が乗り入れる佐用[さよ]駅を過ぎる。さらに旧因幡街道に沿って北上すると、宿場町として栄華を極めた平福[ひらふく]駅だ。平福はもともと池田輝政52万石の支城として築城された利神城[りかんじょう]の城下町として開かれたが、時代の流れとともに因幡街道有数の宿場町として姿を変えた。南北1.2kmの中心区域には100を超える商家が並び、本陣や代官所まで設置された政治、経済の要所だった。

武蔵誕生の地にある「宮本武蔵駅」。ホーム上には約2mほどの宮本武蔵の肖像画が掲げられている。駅前には武蔵のわんぱくな少年時代の銅像が建てられている。

 現在でも佐用川沿いには宿場町の名残が見られ、荘重な石垣を備えた土蔵や川座敷などがかつての繁栄ぶりを今に伝えている。天神橋からの川面に映る川端風景は情緒があり、平福を代表する景勝で知られる。

 列車は隣の石井駅を過ぎるとまもなく蜂谷トンネルで、峠を越えると岡山県に入る。車窓に映る穏やかな田園風景を眺めつつ、やがて宮本武蔵駅に到着。あの大剣豪・宮本武蔵のふるさとだ。人名が駅名となった例は全国的にも珍しく、ホームでは巨大な武蔵の肖像画が出迎えてくれる。

佐用町の“世界的な見どころ”「西はりま天文台」と「SPring-8」

天体観望会は、土・日・祝日は一般の方も参加可能。ただし土・祝日は電話予約が必要となる。

(写真提供:国立研究開発法人理化学研究所)

 兵庫県佐用町にある「兵庫県立大学 西はりま天文台」は、公開望遠鏡として日本最大にして世界最大級を誇る口径2mの「なゆた望遠鏡」がある。宿泊施設も完備し、宿泊の方は、この望遠鏡を使った「夜間天体観望会」に参加可能。他にも館内には「60cm望遠鏡」や「太陽モニター望遠鏡」など、設備が充実している。

 また、佐用町には世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設「SPring-8」がある。この世界に誇る研究施設の名前は「Super Photon ring-8 GeV(80億電子ボルト)」に由来し、放射光を利用してナノテクノロジーやバイオテクノロジーなどの世界最先端の研究が行われている。

武蔵のふるさとから山峡の宿場町 智頭へ

山あいに開ける智頭の町を走る列車。(恋山形駅〜智頭駅)

 駅から南にほどなく行くと「武蔵の里」という集落がある。かつての武蔵の生家跡や二刀流開眼のきっかけになった讃甘[さのも]神社、武蔵を祭祀した武蔵神社など武蔵ゆかりの場所が点在する。そんな武蔵の故郷で「たけぞう茶屋」を営む岡本君子さん。「近年は海外でも武蔵が人気で、特に武道に興味を持った海外の方々がよく来られます」と話す。店の名物「武蔵二刀流めん」は両手に箸を持って食べるが、箸に不慣れな海外の旅行者にも好評だという。

武蔵の里で創業35年の「たけぞう茶屋」を営む岡本さん。名物の「武蔵二刀流めん」は器に蕎麦とうどんが入る。大小の箸を両手に持って食べるのが流儀だそうだ。

因幡街道の三宿場の一宿、大原宿

因幡街道の宿場町として発展した大原宿。

因幡街道を往来する鳥取藩32万石の池田候が参勤交代の途中に宿泊した大原本陣。

 播磨と因幡を結ぶ因幡街道は、参勤交代にも利用された。陰陽を結ぶ街道上には平福宿、大原宿、智頭宿の三つの宿が設けられ、宿場町として隆盛を極めた。

 大原宿は因幡街道の中間地点で、約200年前の本陣と脇本陣の遺構が揃って現存する。それは全国的にも稀で、貴重な文化財として保存されている。格子戸の町家や白壁土蔵などが数多く残り、道路脇には水路が設置され、江戸時代からの知恵は、今でも防火や除雪に利用されている。そんな大原宿を歩けば、情趣をしみじみと味わうことができる。

上方に向かう主要な道だった智頭往来。智頭宿には藩主が休憩する御茶屋や奉行所、制札場が置かれた。現在の智頭宿の町家の軒先には杉玉が下がる。

 隣の大原駅は「大原宿」の玄関口で、本陣や脇本陣が現在に残るかつての宿場町だ。その中心エリアが「古町[ふるまち]」で、鳥取藩主が参勤交代で利用した交通の要衝だ。最盛期には14の旅籠[はたご]が並ぶほどの賑わいを見せた。豪壮な白壁なまこ壁は当時を偲ばせ、他にも明治・大正期の建造物が混在していて歩くだけでも楽しい。映画のセットのような古町は岡山県の「町並み保存地区」に指定されている。

 再び大原駅から乗り込んだ列車は西粟倉駅、そして鎌倉時代から狸ゆかりの古湯として伝わるあわくら温泉駅を過ぎると、県境の志戸坂[しとさか]トンネルへ入る。智頭線最長の長さを誇る約5.5kmのトンネルを抜けるとそこは鳥取県だ。

智頭宿の石谷家住宅。敷地面積は約3,000坪で、40余りの部屋と7棟の蔵を持つ大規模な家屋。国の重要文化財に指定されている。

智頭駅から東方に位置する「芦津渓谷」は、切り立った崖が連なり、巨岩、淵など見事な渓谷美を誇る。天然杉と広葉樹の緑豊かな芦津渓谷では、「森林セラピー」が展開されている。森林セラピーは医学に裏付けされた森林浴の効用で、心身の健康維持・増進、疾病の予防などを目的としている。智頭町はこの森林セラピーをまちづくりのテーマに掲げ、県内で唯一の「森林セラピー基地」に認定されている。

 中国山地の山峡を分け入るように走る列車はピンク色の恋山形[こいやまがた]駅を過ぎ、やがて終点の智頭[ちず]駅へ。山林が面積の90%以上を占める「杉のまち」。智頭も智頭往来(因幡街道)のかつての宿場町だ。鳥取藩の最初の止宿[ししゅく]として重宝された智頭宿だが、現在でも智頭往来には国の重要文化財指定の石谷家住宅をはじめ、江戸時代創業の酒蔵や格子の町家がずらりと並ぶ。酒蔵でなくても家々の軒先には杉玉が下がり、「杉のまち」を演出する。千代川のほとりから周囲の緑豊かな山々を見渡せば、あらためて山林の町を再認識した。

 播磨(姫路)から因幡(鳥取)を結んだ因幡街道。その旧街道の三宿場町を巡ると、歴史的な町並みに触れるだけでなく、三県(兵庫、岡山、鳥取)にまたがる自然景観の変化も楽しめる。

 中国山地を縦断した路線は、因幡街道の宿場町の歴史を辿る旅であった。

恋がかなう「恋山形駅」

駅名に「恋」がつく駅は全国に4駅。そのうちの一駅、恋山形駅。

外壁には、ハートマークが描かれたフォトスタンドが設置され、これを背景に記念撮影。

 山間部にひときわ目を引くピンク色の駅「恋山形駅」。“恋がかなう駅”として2013(平成25)年にリニューアルオープン。「因幡山形」という駅名が当初は予定されていたが、地域の要望で人を呼ぶ「来い」にかけて「恋山形」と名づけられた。

 ピンク色の駅構内にはハート形の駅名表示板や絵馬が下がり、恋人たちの聖地として遠方からも訪れるという。その反響から「恋ポスト」や恋人と記念撮影する「フォトスタンド」まで設置され、テレビに取り上げられるほど話題になっている。

 地域活性化を図った試みは好評で、智頭急行を代表する駅の一つだ。

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