沿線点描【山陰本線(嵯峨野線)】京都駅〜園部駅(京都府)

京都の名勝、嵯峨嵐山から保津峡の絶景を眺めて丹波路へ。

山陰本線の京都駅から園部駅まで約34km。
愛称・嵯峨野線の沿線には駅ごとに観光名所が点在している。海外の観光客にも人気の観光路線で、嵯峨嵐山を経て丹波へと向かった。

旧梅小路蒸気機関車館の入り口として移築された旧二条駅舎。1904(明治37)年に建設された木造建築で、京都市の有形文化財に指定されている。現在は京都鉄道博物館の出口として、鉄道関連の展示やミュージアムショップが併設される。

洛西の名所、二条や太秦を辿る人気の観光路線

多くの人で賑わう京都駅。駅ビル施設としては全国最大級の大規模複合施設。2017(平成29)年9月に新駅舎誕生から20周年を迎え、今年の3月末まで記念イベントが行われている。

 京都を訪れる観光客数が2016(平成28)年には国内外含めて、3年連続で約5,500万人以上を記録した。そんな国際観光都市の玄関口がJR京都駅。斬新な駅舎は海外の観光客に評判が高く、また嵯峨野線は海外の乗客に特に人気がある。

京都鉄道博物館。各時代を代表する車両が展示される本館1階。

 沿線には京都を代表する観光スポットが数多くあるのがその理由だ。列車はホームを離れ、車窓に東寺の五重塔が見えると、やがて高架になった線路は北へ大きくカーブ。ここは2016(平成28)年にオープンした京都鉄道博物館の目玉、本物の蒸気機関車を使った「SLスチーム号」の線路と交差するところだ。京都鉄道博物館には53両の貴重な鉄道車両の他に「鉄道ジオラマ」や「運転シミュレータ」など、大人から子供たちにまで人気のコーナーがいっぱい。2019(平成31)年春には博物館に隣接して新駅が開業する予定だ。

 間もなくすれば丹波口駅に到着。丹波と京都を結ぶ旧山陰街道の出入口だった地名が駅名にもなった。駅前には京都市中央卸売市場があり、東に少し行くと、江戸時代の花街・島原がある。今に残る大門や、「置屋[おきや]」や「揚屋[あげや]」などの歴史的な建物が往時の賑わいを感じさせる。新選組ゆかりの壬生[みぶ]はそう遠くなく、壬生狂言で知られる壬生寺の境内で、新選組の隊士らは武芸の稽古に日々明け暮れ、夜ごと島原の花街に繰り出して遊興したという。

島原入口の大門。島原は江戸時代以降、公許の花街として発展した。

991(正暦2)年、三井寺の僧・快賢が創建した律宗の壬生寺。新選組ゆかりの寺で、境内には新選組隊士の墓所(壬生塚)がある。

 列車は京都の市街地の西側を、さらに北へと走る。2代目の二条駅は木造ドーム屋根のモダンな駅舎。明治時代に建てられた旧二条駅舎は京都鉄道博物館の敷地内に移築されている。二条城は江戸幕府最後の将軍、徳川慶喜が大政奉還した城だ。列車は先に進み、大きく西にカーブ。住宅が密集する円町駅、仁和寺に近い花園駅を過ぎると太秦駅。

二条駅のアーチ型の大屋根は木造のトラス構造になっている。

世界遺産の二条城。1603(慶長8)年徳川家康が築城し、3代家光が伏見城の遺構などを移し、1626(寛永3)年に拡張した。現在の本丸御殿は旧桂宮邸の御殿を移築したもの。

秦河勝が聖徳太子から賜った仏像を本尊として建立した広隆寺。

 地名は渡来豪族の秦[はた]氏に由来する。飛鳥時代、秦氏はさまざまな先進技術をもたらし、聖徳太子を支えた。日本史上の功績は絶大で、大和朝廷に絹布を献上した際、「うず高く」積み上げたことで「禹豆満佐[うずまさ]」の姓を賜ったという。太子ゆかりの広隆寺は秦氏の氏寺で創建は603(推古天皇11)年、京都で最古の寺。本尊の「木造弥勒菩薩半跏像」は、国宝指定第一号で必見だ。

嵯峨嵐山から保津峡を眼下に眺めて丹波国へ

オープンセットやイベント、アトラクションを通じて時代劇の世界を体験できる「東映太秦映画村」。イベントの「おもしろ散策ツアー」では、役者さんと一緒にセットの中を散策する。内藤さんと小畠さんは、「撮影についておもしろおかしく話をして、喜んでいただきとても好評です」と話す。

 太秦では「東映太秦映画村」に立ち寄った。開村以来入村者が6,000万人を超えるという人気のテーマパークは、実物と見紛う江戸時代の町が再現されている。外国人に人気があるのは忍者と殺陣[たて](チャンバラ)で、「これからは海外の方にもっと日本の時代劇をアピールしていきたいですね」と話す侍姿の内藤邦秋さん。町娘の小畠徳子さんも映画に登場する俳優さんだ。

 太秦の次が嵯峨嵐山駅。京都駅から途中下車せずに直行すれば、わずか15分の乗車。そこは秋の紅葉、冬の雪景、春の桜、夏の納涼と、四季を通じて観光客が絶えない名勝地だ。平安時代には貴族の別荘地であった嵯峨野、嵐山は説明不要なくらいの人気スポット。ちなみに一般的には嵯峨・嵐山と呼ばれているが、渡月橋から北側を嵯峨野、南側が嵐山のエリアとなるそうだ。嵯峨嵐山駅から先の車窓の風景は一転する。保津川の渓谷美を堪能するなら、人気コースの旧山陰本線の線路を利用した嵯峨野観光鉄道のトロッコ列車がおすすめだ。

保津川に架かる橋梁上にある保津峡駅。プラットホームから険しい渓谷美が望める。

廃線となった旧山陰本線を走る嵯峨野観光鉄道の観光列車「トロッコ列車」。
嵯峨と亀岡を結ぶ全長約7kmを25分で走行する。
水曜日は運休。ただし行楽期は運行。
12月30日〜2月末日まで冬期運休。

日本最古の天満宮と伝承される生身天満宮。茅や藁を束ねた茅の輪をくぐって無病息災を祈る「茅の輪くぐり」は、夏越しの大祓式(おおはらえしき)で行われる。

 嵯峨野線の列車はやがてトンネルに入り、抜け出ると保津峡駅。なんと眼下を流れる保津川に架かる橋梁上に駅がある。停車した列車からの眺めは格別だ。

 列車は何度かトンネルの出入りを繰り返し、やがて空は広々とし、穏やかな田園風景に変わると亀岡駅。往路はトロッコ列車、帰路は保津川を舟で下る「保津川下り」が観光のコースになっている。亀岡は戦国武将、明智光秀ゆかりの城下町でもある。丹波ののどかな風景を車窓の友として亀岡から約15分、終着の園部駅だ。

 園部には最古の天満宮「生身[いきみ]天満宮」がある。園部は菅原道真が治めた領地で在世中に奉祭されたことから「生身」といい、全国12,000社の“天神さん”の中でも唯一、道真が存命中に祭祀された社として有名だ。そんな嵯峨野線の沿線はどの駅にも見どころがあって、まさに名所を巡る観光路線だった。

訪日客にも大人気の嵯峨・嵐山

大堰川(桂川)に架かる渡月橋。承和年間(834〜848年)に法輪寺の中興の祖、道昌が架橋したのが始まり。京都・嵐山を代表する景勝地。

 京都を代表する観光地だけあって、嵯峨・嵐山にはさまざまな観光の散策コースがある。天龍寺周辺から有名な竹林の小径、落柿舎[らくししゃ]、さらに化野[あだしの]、大覚寺に大沢の池など。なかでもシンボルは桂川に架かる渡月橋。千年以上の歴史のある橋の由来は、東から西に月の移る様子が橋を渡るようだと、亀山天皇が命名したと伝わる。嵐山を借景に全長155mの橋の姿は、絵はがきでもおなじみの風景だ。

嵯峨野に広がる「竹林の小径」。野宮神社から大河内山荘にかけて散策コースになっている。

重要伝統的建造物群保存地区に指定される愛宕街道の「嵯峨鳥居本地区」。通りは茶屋や土産物屋などの店を構えた家並みが続く。

岩田山山頂に広がる「嵐山モンキーパークいわたやま」。開園当初は47匹のニホンザルの群れだった。「岩田山周辺に棲息していた野生ニホンザルに餌付けをしたのが始まりです」とスタッフの玉田さん。

 その渡月橋近くに、もう一つの観光スポットがある。渡月橋を渡ると岩田山の登山口があり、約20分登った先にニホンザルが集まっている展望台がある。「嵐山モンキーパークいわたやま」だ。約120頭の野生ニホンザルが生息し一般向けに開放している。野生の猿は訪日客にはとても珍しく、特に大人気の観光スポットなのだ。「訪れるのは海外の人が多いですね。猿には全て名前がついて顔の特徴で識別しています。ただし、絶対目を合わさないでください」とモンキーパークのスタッフ、玉田真也さん。目が合うと威嚇されるそうだ。160mの山頂からの眺めは絶景で、東山の山並みと京都市街を一望できる。嵐山のとっておきの展望スポットだ。

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