エッセイ 出会いの旅

今井雅子
大阪府堺市出身。脚本家・堺親善大使。広告代理店マッキャンエリクソンにてコピーライター勤務の傍らNHK札幌放送局の脚本コンクールで『雪だるまの詩』が入選し、デビュー。同作品で第26回放送文化基金賞ラジオ部門本賞を受賞。2005年7月より脚本家専業に。主な映画作品に『パコダテ人』『子ぎつねヘレン』『嘘八百』(2018年1月公開予定)。主なテレビドラマ作品に『てっぱん』(朝ドラ)『ビターシュガー』『そこをなんとか』『おじゃる丸』『昔話法廷』。聞き手を務めた『産婆(さんばば)フジヤン〜明日を生きる元気をくれる、93歳助産師一代記〜』が8月に刊行された。

「『嘘八百』で見つけた堺のお宝」

 鉄道について書くのが好き。自称「書き鉄」。

 「さすらい駅わすれもの室」という架空の駅の忘れ物承り所を舞台にした掌編は、ラジオ番組や朗読ライブでこれまでに5編が披露された。サンタクロースの地図、告白のチョコレート、形見の結婚指輪、特注の帽子、ピアニストの楽譜。様々な人生が行き交う駅は、様々な物が忘れられる場所であり、見つかる場所でもある。

 去年NHK FMで放送された連続ラジオドラマ「走れ歌鉄!」は、戦後の鉄道資料から想像を膨らませて書いた。関西のどこかを思わせる「西の港駅」の戦争孤児たちが東の都で開かれる少年少女歌合戦を目指すが、切符が買えない。「機関車の神様」と呼ばれた老機関士を巻き込み、自分たちで蒸気機関車を走らせることに。機関車の臨場感を出すために本物の石炭を仕入れて音を作った音響効果さんも「鉄」だった。

 ドラマや映画では、シナハンやロケハンといって、シナリオのネタやロケ地をハントしに舞台となる町を訪ねる。書くぞ撮るぞという目で見るので、見知った町でも思いがけない発見がある。

 今年の2月、生まれ育った大阪府堺市で『嘘八百』という映画を撮影した。落ちぶれた陶芸家(佐々木蔵之介)と空振りばかりの古美術商(中井貴一)のコンビが幻の利休の茶碗で大勝負に打って出るお宝コメディ。鉄道は登場しないが、故郷の宝にあらためて出会うことができた。

 脚本作りが始まったのは、撮影の2年前。国内外の映画賞を総なめにし、米国アカデミー賞外国語映画賞の日本代表にも選ばれた『百円の恋』の武正晴監督と脚本の足立紳さんのコンビに出会い、堺から世界を笑わせるオリジナル作品を作ろう、となった。

 高校卒業で堺を離れて四半世紀あまり。慣れ親しんだ風景はずいぶん様変わりし、すっかり浦島太郎状態だが、変わらないのは、「世界一 広い大きな 大仙陵」と堺名物「堺かるた」に詠まれている仁徳天皇陵古墳(世界文化遺産登録への国内推薦が決まった百舌鳥・古市古墳群のひとつ)と、道路をはさんだ向かい側に広がる大仙公園の大きな眺め。大仙公園の一画にある堺市博物館は、劇中にも登場するが、シナハンの時から大変お世話になった。

 利休の茶碗の話を思いついたものの、茶道の心得も茶道具の知識もない。そんな脚本家に学芸員の方々が惜しみなく知恵を授けてくださった。豊かな歴史文化はもちろん、博識でサービス精神旺盛な学芸員さんたちも堺の宝だと感じ入った。

 なかでも矢内一磨学芸員は、「観光ボランティアの方がね、私の顔見て、話長そうやなーと思たら、逃げて行きますねん」と自嘲するほどよくしゃべる方で、「専門は利休やのうて一休なんですけど」と言いつつ、千利休について尋ねると、万利休になって返ってくる。息継ぎのない独特の語り口は、そのまま主演の中井貴一さんのセリフに使わせていただいたが、初対面の直後、武監督が「あのキャラ最高だから、役を作りましょう」と言い出し、新キャラ「学芸員」が誕生した。

 スタッフの間でも「利休を語り出したら止まらない矢内さん」の噂は膨らみ、撮影後、編集の洲崎千恵子さんが「矢内さんに会ってきます!」と堺へ向かった。映画のアナザーストーリーで盛り上がり、「別世界の人でした!」と興奮。その話を聞いた音楽の富貴晴美さん(堺市出身。朝ドラ「マッサン」、大河ドラマ「西郷[せご]どん」の音楽も担当)も帰省の折に堺市博物館を訪ね、「学芸員さんは知識の宝庫ですね!」と大喜びだった。

 映画『嘘八百』がきっかけで、学芸員という存在に関心を寄せ、堺を訪ねる人がふえたらうれしい。歴史と文化の通である学芸員に出会い、その町を知るというのは、とても粋なのではと思う。

 堺市博物館は新大阪駅から約50分、JR阪和線の百舌鳥駅から歩いて6分ほど。この秋は堺緞通[だんつう]の特別展が開かれる。矢内さんは堺市博物館と「利晶[りしょう]の杜[もり]」(千利休と与謝野晶子のテーマ館。こちらも劇中に登場。取材にもご協力いただきました)の学芸員をされており、両館を行き来している。ロケ地巡りを兼ねて、どちらも行かれることをおすすめする。知的好奇心を携えて、ぜひ堺へ。

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