霧の茶畑。宇治茶の中心的産地である宇治田原町は、昼夜の寒暖差により朝霧が発生しやすく、うまみのある香り高い煎茶が生まれる。(撮影:辻井 恒氏)

特集 日本茶800年の歴史散歩〈京都府山城地域〉 宇治茶の郷を歩く

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天まで届く茶畑に囲まれた美しい村々

宇治田原町湯屋谷の「永谷宗円生家」。宗円は日本緑茶の茶祖で宇治田原は緑茶発祥の地とされる。生家内には当時の焙炉跡や、製茶道具などが保存されている。

手揉み製茶技術は宇治田原で誕生し、全国各地に伝えられた。日本茶の代名詞となる煎茶を生み、一般に広く普及して今日の喫茶文化を築いた民俗技術だ。

 16世紀には、宇治では茶畑に覆いをかけて日光を遮る「覆下[おおいした]栽培」が開発され、渋みを抑えた抹茶用の碾茶をつくり、鮮やかな濃緑色とうまみの強い、新しい「抹茶」を誕生させる。千利休ら茶人の要望に応える宇治茶は織田信長、豊臣秀吉、徳川家康などの庇護を受けた。

 さらに18世紀、革新的な「煎茶」が誕生する。開発したのは、宇治市の南に隣接する宇治田原町湯屋谷[ゆやだに]で茶業を営む、永谷宗円[ながたにそうえん]である。宗円は、17世紀に『黄檗山[おうばくさん]萬福寺』を開山した隠元禅師[いんげんぜんじ]が伝えた、乾燥した茶に湯を注いで飲む淹茶[えんちゃ]法をヒントに日本独自の製法を編み出した。

 宗円は新芽の茶葉を蒸し、焙炉[ほいろ]の上で手で揉みながら乾燥させる製法を15年もの歳月をかけて考案。これにより色、味、香りともに優れた「煎茶」をつくり出した。その製法は「青製煎茶製法[あおせいせんちゃせいほう]」、別名「宇治製法」と呼ばれている。

 湯屋谷には永谷宗円の生家が復元されており、当時の焙炉跡が保存されている。老朽化した生家の修復に奔走した有志総代でボランティアガイドの谷村稔さんは「煎茶は江戸を中心に爆発的な人気を博し、茶の需要が拡大しました。宗円のまさに革新的な発明でした。宗円は製法を秘匿せず、全国に広めました。篤志家[とくしか]です」。現在、流通している茶の80%が煎茶であることを考えても、宗円の煎茶製法は大発明であった。

16世紀に宇治で開発された伝統の「覆下栽培」。茶樹を覆い、日光を遮って成育させる栽培法が茶の湯に欠かせない「抹茶」や、最高級茶の「玉露」を生んだ。

「久五郎茶園」を営む茶農家の下岡久五郎さんご夫婦。息子さんご夫婦と家族4人で6haの茶畑で、玉露や煎茶のほか多彩な品種の茶を栽培する。研究熱心な下岡さんの久五郎茶はブランド茶としても有名。

 同じように、さらなる上質を探究する茶農家の挑戦が最高級緑茶の玉露を誕生させる。抹茶の「覆下栽培」と宗円の「宇治製法」を組み合わせて、甘みと豊かなコクのある玉露を生み出したのだ。今では玉露は世界的に知られて海外でも人気が高い。

 宇治田原町で長年続く茶農家、「久五郎茶園」の下岡久五郎さんも宗円のようにお茶の栽培技術の向上にこだわる。「お客さんが口にして感動してもらえるようなお茶をつくる、それだけを考えて研究してる。収穫するまで気を張りつめてる。茶づくりは真剣勝負や」。

 下岡さんは奥さんと、息子さん夫婦の4人で茶を育てている。品種特性と栽培地の標高を組み合わせて高品質の茶を安定生産する技術を確立。標高200mから450mの標高の異なる5カ所の茶畑を利用し、煎茶、玉露、碾茶など11品種の早生、中生、晩生の収穫を巧みに栽培分けしている。

 こうすると1品種で3日から5日しかない収穫適期を全体で1カ月に拡大できる。下岡さんのつくるお茶は、農林水産大臣賞を8回も受賞している。品評会の基準は形、味、香り、色。下岡さんがいいお茶の見分け方を教えてくれた。「べっぴんさんであること。うちのおかあちゃんみたいに」。

和束町原山の円形茶畑。和束町は高級煎茶の産地で、江戸時代には禁裏御料地となり御所にも納められた。「茶源郷」とも呼ばれ、宇治茶の4割弱を生産。抹茶用の碾茶生産は全国トップクラス。

 宇治田原町から和束町へと走ると、谷を囲む山という山が茶畑だ。まるで巨大なパッチワークで全体がアートに見えてくる。山全体が茶畑になっているのは「山なり茶園」と呼ばれる。明治期以降、茶は有力な海外輸出品として需要が高まり、生産量を上げるために急峻な地形にもどんどん茶畑がつくられた。大抵が鍬[くわ]で開墾された。

山稜の尾根から斜面全体に茶畑が広がって独特の茶畑景観を形成する南山城村の茶畑。茶畑には横畝(よこうね)と縦畝(たてうね)がある。防霜ファンからの送風を通しやすくして晩霜害(ばんそうがい)を抑える。縦畝は南山城村を代表する茶畑風景。

 その風景に、海外の観光客が口々に「クール、ジャパン」と叫んだ。思わず歓声を上げたくなる美しい風景だが、幾何学的な茶畑の美しさの裏に先人の苦労が想像される。宇治茶とは、「歴史・文化・地理・気象など総合的な見地に鑑み、京都・奈良・滋賀・三重のいずれかの産地の茶葉を京都府内で仕上げたもの」という定義がある。

 宇治茶の郷の山なりの茶園が夕陽に照らされ集落全体が光に包まれる。その美しい風景こそ、日本遺産にふさわしいと思えた。

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