旬膳暦

大和きくな

奈良県奈良市大安寺

寒さとともに風味を増す伝統の大和野菜

奈良県北西部に広がる大和平野。
温暖少雨のこの地域では、古くから“大和の皿池”と呼ばれる溜池を利用した食物栽培が行われている。
「大和きくな」は、県在来の菊菜の品種で、栽培の歴史、方法、味に特徴を持つ「大和の伝統野菜」の一つ。主産地の大安寺地区では自家採種にこだわり、種を流出させることなく、先人の味を守り継ぐ。収穫の最盛期を迎える産地に、大和きくなの旬を訪ねた。

定番の水炊きやすき焼きはもちろん、おひたし、天ぷら、パスタの具材と食べ方は多彩。ビタミンやミネラルなど、冬に摂りたい栄養素も豊富に含む。

地域が育む味わいの個性

 菊菜は、キク科の植物で、若い葉と茎を食用にする。鍋の食材など、冬野菜の代表として日本の食卓に定着しているが、原産地は地中海沿岸。ヨーロッパでは、観賞用に栽培されているという。日本には室町時代に中国から渡来したと伝わるが、同じキク科のチシャが平安時代から食べられていた記録があり、菊菜も同時代かそれ以前に伝来したとも考えられている。菊菜という呼び名は主に関西で用いられ、一般には春菊と呼ばれることも多い。江戸中期に編纂[へんさん]された『和漢三才図会』には、「春に花を開き、菊に似るが故」と春菊の名の由来が記されている。

 菊菜にはいくつかの系統があり、地方によって特色が見られる。葉の大きさで大葉、中葉、小葉の3種に大別され、主に中国地方以西で栽培されているのが、葉の縁の切れ込みが浅く、形も丸く厚みのある大葉。葉が小さくギザギザした小葉は、香りの強さを特徴に持つが、流通量は減少しているそうだ。現在、栽培の中心は中葉種で、関東では茎が立ち、主枝から伸びる茎葉を順に摘み取る「株立ち型」が、関西では生育しても茎が立たず、細かく枝分かれして横に張った株ごとを収穫する「株張り型」が多いという。

 大和きくなは、奈良市大安寺地区などで戦前から作られてきた菊菜が原型で、葉はやや大きくて切れ込みが深く、香気が柔らかな中大葉系。地域の歴史・文化を受け継ぐ栽培品目として、奈良県が2005(平成17)年より認定を始めた「大和の伝統野菜」の一つになっている。

冬本番の食卓に旬が香る

 奈良盆地の北部、奈良駅にほど近い大安寺周辺は、古くから大和きくなの生産地として名高い。最盛期には25軒の栽培農家があったが、高齢化や市街地化の影響を受け、現在は4軒の栽培農家が伝統の味を守る。独特の香りや味のクセが少なく、食感の柔らかなこの地域の大和きくなは、市場では「大安寺のきくな」として名が通るほどの人気を誇っている。

 生産者の1人である大西弘[ひろむ]さんは、5棟のハウスでほぼ周年による栽培に取り組んでいる。最初の種を蒔くのは、夏の暑さが和らぐお盆過ぎ。翌年3月末までの栽培期間中5回種を蒔き、通常は45日、冬場は60日かけて生育させる。一作ごとに綿実油粕[めんじつあぶらかす]や有機配合肥料を元肥として施し、株元が傷みやすくなるので追肥はしないそうだ。また、ハウスの中心と外に近い側面では土の乾き具合も違ってくるため、水の管理に気を配りながら1株1株の成長を見守る。シーズンを通して25〜30cmの大きさが収穫の目安。冷え込む時期には葉が肉厚になり、緑も色濃くなるという。冬本番の12月から1月、大和きくなは味わいの旬を迎える。

 大安寺地区では6月、春に咲いた花から種を取る自家採種が受け継がれている。葉の形や育ち方から種を取る株を選び、次の種蒔き用として確保するのだ。今、産地は天理市や宇陀[うだ]郡曽爾[そに]村などにも広がっているが、種の違いは葉の切れ込みや形に現れるという。先人から伝わる栽培方法が、主産地ならではの大和きくなを育んでいる。

暑さにも、寒さにも弱いという大和きくな。遮光をしたり、ビニールを二重にするなど、ハウスの温度・湿度をきめ細やかに調整している。

出荷は、妻の光子さんとの息の合った共同作業。根は切らず、株ごとスコップで掘り出し、葉を傷めないよう手際よく束ねていく。

柔らかな歯ざわりの大和きくなは、葉から軸まで生で食べることができる。白菜や厚揚げと和え、パルメザンチーズで仕上げるシーザーサラダは、大西さん一番のお薦めだ。

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