沿線点描【山陰本線】浜坂駅から倉吉駅(兵庫県・鳥取県)

約2500万年前の自然遺産、山陰海岸ジオパークを走る

今回の旅は、山陰本線の兵庫県浜坂駅から鳥取県倉吉駅までの約72km。
沿線の楽しみは、なんといっても山陰海岸ジオパーク。
世界ジオパークに認定された変化に富んだ車窓の風景だ。
日本列島の太古の姿を眺めつつ、列車は西へと走る。

山陰海岸屈指の漁獲量を誇る浜坂漁港。春のホタルイカと冬の松葉がにの季節には特に賑わう。

眩[まばゆ]い白砂の東浜と圧巻の浦富[うらどめ]海岸

 山陰海岸ジオパークは、京都府、兵庫県、鳥取県にまたがる東西約120kmに及び、2010(平成22)年に世界ジオパークネットワークへの加盟が認定された自然遺産だ。太古から現在に至るまでのさまざまな地形、地層、多彩な海岸線が連続する学術的にも貴重な風景だ。なかでも今回の沿線はとりわけ景色が美しい区間だ。

 出発は浜坂駅。兵庫県の北西端、鳥取県に隣接する浜坂は、江戸時代には北前船で賑わった港町。山陰地方屈指の漁港で春のホタルイカ漁は水揚げ全国一、冬の松葉がに漁も有名だ。温泉地としても知られ、冬には松葉がにと温泉を楽しむ観光客が大勢訪れる。

 ゴロゴロゴロと、心地良いディーゼル音を残して列車は浜坂駅を離れ、諸寄[もろよせ]駅を過ぎると家並み越しに日本海が見えてくる。路線図では一部区間を除いてほぼ海岸線に沿っているが、海岸線が複雑に入り組んでいるために車窓から海岸線を見渡せる機会が少ない。

浜坂駅前にある「足湯」。観光客だけでなく、地元の人もよく利用している。

冬の味覚、松葉がにの水揚げで賑わう浜坂漁港。早朝のセリでは活気のある声が飛び交う。

コバルトブルーの海、白砂が美しい東浜。「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」の立ち寄り観光では、駅前の砂浜で地引き網の実演も予定されている。

TWILIGHT EXPRESS 瑞風

 ところが不意に、胸のすくような東浜の風景に遭遇する。なんと美しいコバルト色の海、そして眩[まぶ]しい白砂。弓なりに続く東浜の景観はまさに絶景だ。2017年春から運行開始予定の「TWILIGHT EXPRESS 瑞風[みずかぜ]」2泊3日の山陽・山陰コース(周遊)では、この東浜に「立ち寄り観光」で停車する予定だ。

 東浜が優美な風景の代表なら、その西に続く浦富海岸は対照的に勇壮な風景だ。日本海の荒波によって浸食された断崖、奇岩巨岩、洞門などが荒々しくも美しい姿を見せて海岸線に展開する。日本列島形成の物語を秘めた地形、地層がそのままだという。

山陰海岸ジオパークの見所、浦富海岸には奇岩が連続する。写真は「菜種五島」で、高さ約60m、周囲約400mの険しい崖がそそり立つ。

 最寄りの駅は内陸の岩美駅。駅から海とは反対に蒲生[がもう]川を遡ると、約1200年の歴史を誇る山陰最古級の岩井温泉がある。しっとりした素朴な佇まいの旅館街で、頭に手ぬぐいを乗せて柄杓[ひしゃく]で湯をかぶる「湯かむり」という江戸時代から伝わる独特の風習がある。温泉好きの隠れた人気スポットだ。

 列車は「砂丘らっきょう」で有名な福部を過ぎ、のどかな田畑風景が車窓から途切れるとまもなく鳥取駅だ。

山陰で最古級の湯、岩井温泉。「湯かむり」の独特の風習では、温泉効能にあやかるため「湯かむり唄」を唄いながら長湯する。

雄大な鳥取砂丘から白壁土蔵の倉吉へ

 鳥取駅から路線バスで20分ほどの鳥取砂丘も、「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」1泊2日の山陰(上り)コースで、立ち寄り観光が予定されている。訪れる観光客が年間130万人以上で、誰もが自然が創り出した造形美に心奪われる。強い海風によってできる砂の「風紋」、湿った砂が乾いてできる「砂簾[すなすだれ]」など、自然というのは偉大なる芸術家でもある。この砂丘も、太古の地形を物語る山陰海岸ジオパークの景観だ。

東西約16km、南北約2.4kmの広大な鳥取砂丘。日本海を眼前に雄大な自然美を堪能できる。

池として日本最大の湖山池。周囲約16kmもあり、池畔には見所もいろいろある。春には湖面がかすむことから「霞湖」とも呼ばれる。

 千代[せんだい]川を渡り、鳥取大学前駅を過ぎると左手に見えるのは日本最大の池、湖山[こやま]池。湖のように大きい湖山池は太古に、砂丘の発達で内湾が日本海と切り離されてできた潟湖[せきこ]で、これもジオパークの景観の一つだ。

 湖山池を過ぎて末恒[すえつね]駅を通過すると、列車は再び海岸線と並行して走り、そのすぐ北側は、「記紀神話」の中の「因幡の白兎」の舞台となった白兎[はくと]海岸だ。ワニザメに皮を剥がれた白うさぎを大国主命[おおくにぬしのみこと]が助け、恩返しに白うさぎが大国主命と八上姫との縁を結んだというおなじみのお噺[はなし]。海を望む白兎神社には良縁祈願に参詣する人が絶えないそうだ。

「因幡の白兎」の舞台として伝わる白兎海岸。浜際には神話に登場するワニザメの背に似た岩礁があり、美しい砂浜が弓なりに長く続く。

白兎海岸の高台にある白兎神社。主祭神は因幡の白兎。縁結びのご利益と、皮膚病ややけどなどに効く霊験があるそうだ。

倉吉駅の3番ホームに展示保存されている旧跨線橋支持柱と碑。登録鉄道文化財に指定されている。

 列車は海岸沿いの浜村駅、青谷[あおや]駅を通過し泊駅に向かう。駅を降りると東郷湖畔の東郷温泉、また湖の対岸には「はわい温泉」がある。そしてまもなく走れば今回の終点駅、倉吉駅だ。駅ホームには明治時代の跨線橋[こせんきょう]の支柱が、貴重な鉄道遺産として保存されている。

 倉吉の旧市街は天神川を渡った駅の向こう側にある。川は2つに分岐し、一方の上流は三朝[みさき]温泉へと続く。町のシンボルである天女伝説が言い伝えられる打吹[うつぶき]山の麓に、国指定の重要伝統的建造物群保存地区の歴史的な町並みがある。玉川のせせらぎ、赤瓦と白壁土蔵の商家が並ぶ佇まいは旅情感が溢れている。

 変化に富んだ車窓の風景、新鮮な海の味覚。そして、とにかく温泉地の多いこの沿線は、旅の楽しみにこと欠かない。

国の重要伝統的建造物群保存地区に指定される「倉吉白壁土蔵群」。江戸期から明治期の建物が多く残り、落ち着いた佇まいの町並みは味わい深い。

もっと巡りたい風景 冬の松葉がにと温泉の浜坂

早朝の浜坂漁港。松葉がに漁を終えた漁船が次々と帰港して水揚げされる。

「かにソムリエ」の皆さん。「浜坂の松葉がにをもっと知っていただき、安全でおいしいかにを食べてもらいたい」という思いから「かにソムリエの会」が発足した。

 山陰の冬の味覚といえばズワイガニ。脚身を氷水に入れると松葉のように見えることから浜坂では「松葉がに」と呼ばれ、浜坂漁港は全国屈指の年間水揚げ量を誇る。ホタルイカの水揚げでも知られる浜坂漁港では100tを超える大型漁船などが日本海の荒波と向き合い日々、漁に出ている。

 浜坂では、松葉がにをもっと知ってもらいたいとの思いから2007(平成19)年に「かにソムリエ」が発足。かにの目利きや調理法、浜坂の歴史、文化に精通した人が認定され現在44名。旅館や商店の方々が多く、観光客をもてなしている。浜坂観光協会会長で「かにソムリエ」を務める沼田宏一さんは、「手応えを感じています。反響もあり、メディアにも取り上げられ、浜坂を訪れるお客さんが増えました」と話す。

 浜坂の名物のもう一つは、豊富な湧出量に恵まれた浜坂温泉郷だ。消雪装置の水源発掘中に偶然発見された浜坂温泉は、旅館に限らず800戸の一般家庭にも配湯され、蛇口を開けば温泉が出るのだとか。町中を流れる味原川ではかつて高瀬舟が往来し、川と繋がる家の門や階段が往時を偲ばせる。

 松葉がにに舌鼓を打ちつつ浜坂温泉で疲れを癒す。これは冬の山陰の旅の至福の取り合わせだ。

「かにソムリエ」を務める沼田宏一さんと、すま子さんご夫婦。旅館のご主人でもある沼田さんは「良いかには、色、形、そして重さで決まります。かにの腹を持ち、身の詰まり具合を見てお客様には最上のかにを提供しています」と話す。

浜坂温泉の源泉。一般家庭にも温泉が引かれ、温泉配湯戸数は全国一だという。

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