旬膳暦

長門ゆずきち

山口県長門市

食卓にさわやかな香りを運ぶ旬のひとしずく

陽光を受けて輝く、艶やかな深緑色の果実。
長門市南西の山あいにある俵山地区の果樹園では、
初秋、特産品の長門ゆずきちがたわわに実をつける。
古くは、日本海沿岸の北浦地方を中心に
庭先果樹として栽培されていたという香酸柑橘[こうさんかんきつ]の一種。
地域の自然と人の手が育む、
季節の実りを訪ねた。

青々とした実が届ける旬の香り

 手のひらにすっぽりと収まる小ぶりの実。スダチやカボスと同じくユズの近縁種といわれる長門ゆずきちは、濃い緑色の外観が美しい。果汁量が多く、さわやかな香りとほどよい酸味が特徴とされる。昭和初期に枯死した原木の2代目とされる樹齢120〜 130年の古木が、山口県旧田万川[たまがわ]町(現 萩市)に現存している。この地域では、9月になると日本海沿岸で漁獲されたマンサク(シイラ)の刺身を、搾った果汁と合わせたしょうゆで食べる習慣があり、かつて江崎港(旧 田万川町)に北前船が出入りしていた時代に伝わったのではないかといわれる。

さわやかな酸味を生かしたマドレーヌなどの焼き菓子。果汁はもちろん、果皮や果肉もまるごと使用するため、長門ゆずきち本来の風味が引き立っている。

本格的な栽培の始まりは、昭和40年代。鑑定によって、同一種と考えられていたユズ系の柑橘「宇樹橘[うじゅきつ]」との違いが明らかになり、新種として認定されたのもこの頃である。新たに命名された「長門ゆずきち」には、“長門の国で生まれ、ユズよりも優れている”という意味があり、縁起の良い「吉(きち)」を当てたそうだ。

 収穫が始まるのは、スダチやカボスよりも早い8月中旬。熟成が進み、黄色く着色し始める10月2週目頃まで出荷が続く。特に、搾汁量が上がる9月はまさに実りの季節。地元では、搾った果汁を料理の風味付けに利用するほか、しょうゆ、酢などの調味料と合わせてフレッシュな酸味を楽しむという。 また、苦みが少ない果汁特性を生かし、ポン酢やドレッシング、ジャム、カクテルなど、さまざまな味へと姿を変えている。

産地の自然の中で豊かな実を結ぶ

 長門ゆずきちは、現在、長門市・萩市・下関市の3市で生産されている。なかでも長門市俵山地区は、県内最大の産地として名高い。米の転作をきっかけに、栽培を開始したのは今から18年前。地区の農家20名で「長門ゆずきちの会」を結成し、施肥や剪定など栽培管理の徹底をはじめ、剪定の講習会、料理レシピや加工品の開発などにも自主的に取り組んできた。今では会員数も増え、市内の渋木、日置[へき]、三隅地区にも拡大して共同販売体制を整えるなど、県内供給量の約半分を担っている。

 俵山は、古くからの湯治場としても知られる山あいの町。緩やかな斜面に拓かれた果樹園には、剪定されて高さの揃った木が行儀良く並んでいる。樹形を整え、光や風通しを良くすることで、収量が安定し、収穫もしやすくなるのだという。種が少なく、果汁の多さが持ち味であるが、特に俵山産のものには種がほとんどないそうだ。交配時に別の花粉が付くと種ができやすくなるが、山に囲まれ、他の柑橘類と混ざらないこの地区の環境が、その品種を守っている。

 長門市内の老舗菓子店では、俵山産の長門ゆずきちにこだわった洋菓子が店頭に並ぶ。最盛期の9月、10月には、果汁を搾り、スライスしたものを砂糖煮にするなど、製菓材料に仕込んでおく。皮が柔らかく種のない長門ゆずきちは、扱いやすく、後味の良い甘さに仕上がるそうだ。自然と温かな人の手が育む果実は、地産地消の誇りとなって季節を彩っている。

朝晩が冷涼な俵山の気候が、良質の長門ゆずきちを育む。栽培農家は、堆肥の投入による土づくり、農薬や化学肥料の削減に取り組み、エコファーマーの認証を受けている。

果汁に水と砂糖を加えただけの「ゆずきちジュース」は、産地ならではのフレッシュな味わい。地域の家庭では、手作りのジュースを水筒に入れて持ち歩くこともあるそうだ。

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