春日大社本殿。写真奥、御蓋山に近い方から第一殿武甕槌命、第二殿経津主命、第三殿天児屋根命、第四殿比売神が祀られている。(撮影:桑原英文 平成7年の遷座中に特別に撮影)

特集 奈良市 春日大社

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神が降り立った清々しき春日の杜

 JR奈良駅前から東へ、緩やかな勾配の三条通を辿ると左に興福寺、右に猿沢池、その先の大きな鳥居をくぐると春日大社の神域に入る。鹿がまどろむ広々とした芝草の丘陵地一帯は春日野と呼ばれる。「春日」とは、そもそも春の日のように麗らかで清々しい様子をいう。

 春日野の向こうには春日奥山が連なる。その手前の円錐形の秀麗な峰が御蓋山。神奈備[かんなび]の神地として古代から尊崇されていた御蓋山の西麓の、常緑広葉樹の原始林に包まれて、春日大社は鎮まっている。鮮やかな朱色の社殿は、したたるような緑の境内のなかで際立ち、樹間を透して注ぐ朝陽でいっそう清々しく、神々しく見える。

 社殿の創建は768(神護景雲2)年だが、創祀は平城京遷都後まもなくだ。縁起では常陸国、鹿島神宮の武神、武甕槌命[たけみかづちのみこと]が白鹿に乗って御蓋山の山頂、浮雲峰[うきぐものみね]に降りられたと伝えられ、御本殿第一殿に祀られている。第二殿には経津主命[ふつぬしのみこと]。二神は共に国つくりの神。そして政[まつりごと]と平和の神、天児屋根命[あめのこやねのみこと]と比売神[ひめがみ]の四柱の神々が祀られる。

春日野(飛火野)で餌を食む鹿。春日大社では神の使者として大切にされている。中央の笠のような形の小高い山が御蓋山で、春日の神は山頂の浮雲峰に降臨されたと伝えられている。その背後は春日奥山の峰々。

 創祀から1300余年。その間、千古の森に包まれて、国家鎮護の祈りと秘められた神事が、敬虔[けいけん]に人知れず続けられている。祭祀、神事は年間2,000を超え、奈良の人にも知られていない神事は数々ある。毎日朝夕に御饌[みけ](お食事)をお供えする「日並御供[ひなみのごく]」、また毎月1日、11日、21日の「旬祭[しゅんさい]」では、より丁寧に日の丸盆でお供えが一品ずつ奉仕され、林檎の庭では社伝神楽が奉納される。1121(保安2)年以来、一度も怠ることなく行われている厳粛で大切なお祭りだ。

「旬祭」は毎月1日、11日、21日に執り行われる神事。一般によく使われる上旬、中旬、下旬はこれに由来する。

 浮雲峰は普段は入山禁止だが、年に一度、身を清めた神官と巫女が原始林を縫って、山頂にある本宮神社で祝詞を奉じる。「春日祭」は天皇の勅命による「勅祭」で、天下泰平、五穀豊穣を祈る。

 なかでも最も重要な神事が、20年に一度執り行われる「式年造替[しきねんぞうたい]」だ。宮を遷[うつ]す「遷宮」とは違い、造替では同じ場所に社殿を立て直し、おびただしい数の調度品も新たにする。今回の式年造替は第60次だから、過去1200年間執り行われてきたという、それ自体が驚きだ。この式年造替は、御神儀が本殿から仮殿に遷られる「仮殿遷座祭[かりでんせんざさい](外遷宮[げせんぐう]/本年3月)」と、仮殿から本殿にお還[かえ]りになる「本殿遷座祭(正遷宮[しょうせんぐう]/来年11月)」の儀式を中心に、数々の儀式が執り行われる。

春日大社の花山院弘匡宮司。花山院家は、藤原道長の孫で関白師実の二男家忠を祖とする。五摂家に次ぐ九清華家の一つで旧侯爵家。第33代当主の花山院宮司は「日本古来の神道の考え方を凝縮し、具現化したものが春日のお社のあり方です」と話される。

 春日大社、花山院弘匡[かさんのいんひろただ]宮司は「応仁の乱から戦国時代、そして二度の大戦でも造替を中断したことはありません」と話す。そして造替の意義をこう説かれる。

 「神様は汚れをお嫌いなさいます。お住まいも身の回りも常に清らかで美しくなければいけません。最高のお力を新たにされて私たちを守ってくださる。そのための造替です。常若[とこわか]の思想に則るものなのです」。花山院宮司は続けて、造替による日本の伝統文化、技術の継承を強く指摘された。

 「日本人の心も形も技術も、原点の伝統を残す意志と仕組みがないと途切れてしまいます。式年造替はそれを紡ぐシステムだといえます。最適の期間が20年、これを考えた我々の先人は賢いですね」。春日大社は斜面に従って建てられているため、複雑で精緻[せいち]な技術を要し、技術の継承がなければ建て直しは極めて難しくなるそうだ。

 造替には多くの人々から屋根修理のための檜皮一束の奉納や寄進があるという。それはひとえに、日本の心と形の伝統を守ろうとする人々の願い、敬虔な祈りの心であるに違いない。

1月成人の日、春日大社の中門(ちゅうもん)前の林檎の庭で執り行われる「舞楽始式」。神々に一年間、無事に舞楽がご奉仕できるよう祈念する神事で、南都楽所(なんとがくそ)伝承の舞楽を奉納する。

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