沿線点描【奈良線】木津駅から京都駅(京都府)

古代から永々と続く「日本遺産」の風景の中を走る

古都を繋ぐ歴史的な風景を車窓に映して走る奈良線。
距離は約35kmと短いが、沿線には今春「日本遺産」に認定されたたおやかな風景が広がる。
奈良線は関西本線に乗り入れ、奈良と京都を「みやこ路快速」なら約45分で結び、海外からの観光客で大いに賑わう。

車窓には京都盆地の穏やかな田園風景が続く。(上狛駅〜棚倉駅)

茶どころ山城の「日本遺産」の風景

 今回の旅は木津駅から出発する。木津は、その名の通り木津川沿いの町。天平時代には聖武天皇が「恭仁京[くにきょう]」を築いた古代からの交通の要衝だ。現在でも西に大阪、東に三重、南に奈良、そして北に京都を結ぶ。

 列車はゆっくりと木津駅を離れ、北へと進路をとる。すぐに木津川の鉄橋を渡り、信楽山地の西端の山々の裾に沿って走る。西にはなだらかな京阪奈丘陵。木津川の広々とした扇状地である京都盆地をさらに北へと向かう。車窓からの穏やかな田園風景に、つい気持ちがほころぶ。

 車窓に映るこの山城(京都府の南部)の景観は、今年の4月に文化庁の「日本遺産」に認定された。テーマは「日本茶800年の歴史散歩」。神社仏閣や史跡も多いが、とりわけ茶どころとして知られている。東の小高い山向こうの丘陵地には見事な茶畑が幾重にも連なっている。

 茶の湯の「抹茶」、広く飲用される「煎茶」、そして高級茶として知られる「玉露」を生み出したその風景は、まさに800年、日本の茶の文化を育み続けている風景だ。それを思うと車窓の風景に感慨もひとしおだ。

車窓に映る木津川を渡り、奈良線は北に向かう。(木津駅〜上狛駅)

木津駅近くにある平安時代を代表する女流歌人、和泉式部の墓。木津の生まれの式部は宮仕えの後、木津に戻り晩年を過ごしたと伝わる。

日本緑茶発祥の地、宇治田原の茶畑。宇治田原は「青製煎茶法」を考案し、全国に緑茶を広めた「日本緑茶の祖」永谷宗円ゆかりの地。

青谷川トンネル(登録鉄道文化財)を通過する列車。奈良線は天井川をくぐるトンネルが多い路線で知られる。

 ところで列車がたびたび小さなトンネルを抜けるのを不思議に思ったのだが、それは木津川に注ぐ支流の天井川をくぐるトンネルだと分かった。列車はやがて城陽駅に着く。城陽市は京都まで五里、奈良までも五里と、奈良と京都のちょうど真ん中で、古くは「五里五里[ごりごり]の里」とも呼ばれた。古代より拓かれた地域で、周囲には古墳や遺跡が多く点在する。

 城陽駅を過ぎると、風景は住宅地に様変わりする。ほどなくすると宇治駅だ。宇治といえば、お茶所。もはや日本茶の代名詞となっている。そして平等院鳳凰堂。昨年、大規模修理で華麗に蘇った。

玉水駅のホームにある直径約5mの巨石。1953(昭和28)年、集中豪雨によって起きた南山城水害により駅周辺を流れる玉川から押し流されてきたもので、惨禍の記録として残されている。

風光明媚な宇治橋からの風景。宇治橋は646(大化2)年に初めて架けられたと伝わる。現在の橋は1996(平成8)年に完成。

宇治から、稲荷山の山麓を経て京都へ

鮮やかな朱色が印象的な喜撰橋。十三重石塔は高さ約15m。この日本最大の石塔は1286(弘安9)年に西大寺の僧、叡尊により建立された。

 宇治駅に降り立つと、町の空気はどこか雅だ。平安時代の宇治は貴族の別業[べつぎょう](別荘地)で、とりわけ藤原一族が栄華を極めたところだ。その象徴が、父である藤原道長から譲り受けた別荘を頼通が寺院に改めたという平等院。宇治橋の袂[たもと]から平等院に続く表参道を歩けば、その賑わいに心が華やいでくる。

 参道沿いにお茶屋さんや茶店が軒を連ねる風景もまたいかにも茶所、宇治だ。喜撰橋[きせんばし]の朱色の欄干、中之島となる橘島を眺めていると、平安の歴史が匂い立ってくる。源義経や木曾義仲ゆかりの『平家物語』、そして紫式部『源氏物語』宇治十帖の舞台でもある。

平等院の表門に続く平等院表参道。約160mの商店街には茶店が軒を連ね、お茶の香りが漂う通りとして環境省から「かおり風景100選」に認定されている。

全国各地に祀られている稲荷神社の総本宮の伏見稲荷大社。祭神である稲荷大神のご鎮座は711(和銅4)年。参道の千本鳥居をくぐり稲荷山の神蹟を巡拝する“お山めぐり”は約4kmの道のり。

 再び列車に乗って先を急いだ。隣の黄檗[おうばく]駅には禅宗の名刹、黄檗宗の大本山萬福寺[まんぷくじ]がある。六地蔵駅を過ぎると稲荷駅だ。駅を出ればすぐ朱色の大鳥居が出迎えてくれる伏見稲荷大社は、外国人観光客にも大変な人気だ。そんな一人に尋ねると、見物のお目当ては「センボントリイ、クールジャパン!」。奈良線の沿線には、日本の伝統文化が息づく各時代の史跡や神社仏閣が多く点在し、特に海外からの観光客に人気の路線だそうだ。

 稲荷駅は新逢坂山、東山トンネルが開通するまでは東海道本線の駅で、当時の東海道本線は稲荷、東寺を経て京都という経路をとった。稲荷駅の傍らには、旧東海道本線の駅にあった現存する国鉄最古のランプ小屋が、準鉄道記念物として保存されている。駅舎の照明や車内灯に石油ランプを使用した時代の名残だ。

現存する国鉄最古の建物といわれる稲荷駅ランプ小屋。かつての手提げランプや汽車の尾灯などが保管されている。(見学は要予約)

 奈良線になって新たに設けられたのが東福寺駅だ。秋には紅葉の名所として人気の高い名刹東福寺は、駅を降りてすぐそこだ。ロウソクに似た京都タワーが見えてくる。列車が鴨川を渡ると間もなく今回の旅の終点、京都駅の奈良線ホームに到着。

 斬新かつダイナミックな京都駅ビルは古都のイメージとはまったく違って、見上げれば息を呑むほど圧倒される。古都を結ぶ奈良線の旅は、古代、中世、現代の風景を結ぶ路線であった。

京都タワーから眺めた稲荷山方面。奈良線は小高い稲荷山の裾に沿って走っている。

王朝文化とお茶香る宇治

平安時代後期、1052(永承7)年に創建された平等院。「鳳凰堂」は翌年に阿弥陀堂として建てられた。「鳳凰堂」の前には池を配した庭園が広がり、西方極楽浄土を表している。また、平等院ミュージアム「鳳翔館」では、国宝の鳳凰や梵鐘、雲中供養菩薩像を拝観できる。(写真提供:平等院)

世界遺産、宇治上神社。拝殿は鎌倉時代初期のもので、寝殿造りの様式を伝える。本殿は平安時代後期に建てられた現存するわが国最古の神社建築といわれる。

 宇治の町は巡りたいところがたくさんある。一番の見どころはユネスコ世界文化遺産に登録されている2つの国宝、平等院と宇治上神社。鳳凰が羽ばたく様に見える平等院鳳凰堂は修復されて平安の王朝時代の優美さを際立たせている。宇治上神社の本殿の建築様式は日本最古の一つだ。さらにおすすめは「源氏物語ミュージアム」。エントランスに続く「源氏の小径」や図書館から見える中庭には、『源氏物語』にちなんだ四季折々の植物が植えられ、優雅で華やかな世界に浸ることができる。

宇治橋の袂に建つ紫式部像。『源氏物語』に縁の深い宇治に2003(平成15)年に建てられた。

 そして宇治といえば、やっぱり宇治茶。平安時代に創業というお茶屋さんをはじめ、お茶屋さんはどこも老舗。宇治橋通りの「中村藤吉本店」は江戸時代創業。5月から6月中旬には軒先に新茶を知らせる、杉玉ならぬ茶葉を集めた「茶玉」が下がる。着物姿の店員の横山萌さんから「宇治茶は他の産地に比べ、茶葉をあまり蒸しませんので、すっきりとした苦渋味が特徴です」と新茶を振る舞っていただいた。町から少し離れた宇治田原は緑茶発祥の地。「日本緑茶の祖」とされる永谷宗円ゆかりの丘陵地には波打つ茶畑が広がり、その美しさに目を奪われる。これぞまさに「日本遺産/日本茶800年の歴史散歩」だ。

1854(安政元)年創業の老舗の茶店、中村藤吉本店。横山さんは「多くの方にお茶に親しんでもらおう、知ってもらおうと地域ぐるみで取り組んでいます。ほんとうにお茶の町です」。店では茶席体験もできる。

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