沿線点描【山陽本線】三原駅から広島駅(広島県)

旧西国街道に沿って、酒都・西条から広島へと辿る。

山陽本線の広島県三原駅から広島駅間、約71km。
列車は瀬戸内の港町を離れて山間に分け入り、
酒香漂う西条から中国地方随一の都市、広島を目指して走る。

沼田川に沿って走る山陽本線。奥に見える橋「広島空港大橋」は、日本一長いアーチ橋。(本郷駅〜河内駅間)

城下町・三原から、牛馬市で栄えた白市へ

 旧西国街道(旧山陽道)は古代から西日本の大動脈。多島美の瀬戸内海に臨む海路、陸路の要所、広島県三原が今回の旅の起点だ。小早川隆景の旧城下町の名物は、家族の安全と繁栄を祈る江戸時代から続く伝統工芸「三原だるま」と、タコ漁。

 旅の前に、タコが水揚げされる三原漁港に立ち寄った。「足が短くて太いのが三原のタコ。身がプリプリしてて甘い」と漁師さん。一度の漁で2,000個ものタコ壷を仕掛けるそうだが、水揚げは年々「少のうなってる」。街の方々で見かけるたこ飯の看板につられて、郷土グルメのたこ飯弁当を買って列車に乗り込んだ。

筆影山から三原の町を望む。中央に見えるのは三原港で、瀬戸内の島々と三原をフェリーで結んでいる。

三原市東町に立つだるまのオブジェ。「三原だるま」は、江戸末期から縁起物として売られた三原の伝統工芸品。だるまの裏に名前を書き神棚に供え、家族の安全と繁栄を祈ったと伝承されている。

タコ漁で知られる三原漁港。三原の真ダコは足が短く太いのが特徴。たこ飯は観光客にも人気のご当地グルメ。

 三原城の城跡に駅舎がある三原駅は、山陽本線、山陽新幹線、呉線が発着するターミナル。列車は駅を離れてすぐ沼田川沿いに西へと向かう。海岸線を辿る呉線とは対照的に山陽本線は旧西国街道をなぞるように山中を走る。本郷駅を過ぎると渓谷美が車窓に展開する、美しい日本の風景だ。

 やがて深い谷間に架かるアーチ橋が現れる。谷底から約190m、長さ800mの「広島空港大橋」は日本最大のアーチ橋で、頭上に仰ぎ見て橋をくぐると、山間の穏やかな平野が車窓に続く。広島県内の山陽本線で唯一の無人駅「入野[にゅうの]」を過ぎると江戸時代に牛馬市で賑わった白市だ。

 白市駅から北西に2kmほど行くと、ゆるやかな丘陵地帯に古い家々が軒を連ねる。坂道に沿って両側に、江戸末期から昭和初期にかけて建てられた町家が建ち並ぶ。白市は、東の三原、西の広島、南の竹原、北の三次を結ぶ十字路にあたり交易の中継地点だった。白市は宿場町として大いに繁栄した。

1567(永禄10)年、小早川隆景が築いた三原城。海に浮いているように見えたことから、「浮城」と呼ばれた。

三原市内にある御調[みつき]八幡宮は備後総鎮守一の宮神社。桜の名所でも知られ、西の吉野とも呼ばれる。

安芸国の交通の要所、白市の町並み。かつては牛馬の市で賑わった。町並みに往時の賑わいがわずかに偲ばれる。

 とりわけ、安芸国で屈指の牛馬市がたったという。500頭以上もの牛馬と大勢の人が往来した山間の町には、劇場もあったそうだ。現在、国の重要文化財に指定されている旧木原家住宅は、酒造や製塩で財を成した豪商の邸宅で、白市の往時の繁栄を語り継ぐ貴重な文化財としてその姿を留めている。

 かつての町の賑わいを想像しながら、白市駅から再び電車に乗り込んだ。広々した田畑の風景のなかを、列車は酒香漂う“酒都”、西条へと向かう。

酒蔵の町を歩き、“熊野筆”の里へ

山並みを背景に橋梁を渡る227系“Red Wing”。今年3月のダイヤ改正で広島地区に投入され、「新保安システム」や「車両異常挙動検知装置」を搭載するなど、安全性・安定性をさらに高めた新型電車だ。(河内駅〜入野駅間)

 三原駅から西条駅までは約35分。開発が進む東広島市の玄関口として西条駅は今年1月に駅舎をリニューアル。南北を繋ぐ自由通路が設けられ駅舎も橋上化された。駅を出て、目に留まるのは町中の方々に突き出た、酒蔵の赤レンガの煙突だ。

 西条はかつて西条四日市宿として栄えた宿場町で、参勤交代の大名たちも宿泊したが、西条の名を全国に知らしめたのは酒造り。“酒都”としての名声だ。灘、伏見と並ぶ日本三大銘醸地で、町の風情はまさしく“酒都”と呼ぶにふさわしい佇まいだ。赤瓦を戴[いただ]いた白壁の酒蔵、そこから立ち上る蒸気、ほのかに甘い酒香が町中に漂う。

今年1月に改装オープンした新しい西条駅。外観の白い駅舎がいかにも酒蔵の町らしい。

 西条駅を後にした列車は八本松駅を通過すると、山陽本線屈指の急勾配に差し掛かる。隣の瀬野駅との間は「瀬野八[せのはち]」と呼ばれる難所。広島から西条に向かう峠の上りでは、今も貨物列車に限って補助機関車が連結される。電化以前は大変な難所だったようだ。

 峠を下り終えると、瀬野川に沿って列車はさらに西へと向かい山陽本線と呉線の分岐・合流点の海田市[かいたいち]駅に到着。途中下車して、訪ねたい場所があった。 「熊野筆」の郷、安芸郡熊野町だ。ハリウッドスターも愛用する化粧筆は世界から注目を集めている。化粧筆に限らず、毛筆用の筆の全国生産の約80%を占める筆の町だ。

西条駅のすぐ北側にある酒造りの神様を祀る松尾神社。1936(昭和11)年に京都嵐山の松尾大社から分霊して建立された。

熊野筆の伝統工芸士・南部豊彦さんは、「化粧筆は私どもの伝統的な筆の技術が生かされています。世界的に評価されたので、本当にうれしく名誉なことだと思っています」と話す。

熊野町にある「筆の里工房」では、世界一の大筆を展示。総重量400kg、全長3.7mで、伝統工芸士が半年かけて作成したという。

 「筆の里工房」では熊野筆の歴史や、館内に数多くの筆や書が展示してあり、熊野筆製作の実演もしている。江戸時代末期に農閑期を利用し、紀州熊野や大和に出稼ぎに行った帰り、筆や墨を仕入れて売っていたことがきっかけで筆と熊野町の結び付きが生まれたそうだ。それが今や全国一の筆の町。「町の多くの人が筆に関わる仕事をしています」と伝統工芸士の南部豊彦さんは話す。旅の終着駅、広島はまもなくだ。

 広島は水辺の町、いたるところに水の風景があり、夜景はことに美しい。海から山へ、山から海へと辿る旅だった。

中国地方随一の都市、広島は水の都でもある。夜になると水面にビルのネオンが映って美しい。

赤レンガの煙突が並び立つ西条

赤や黒い瓦屋根に赤レンガの煙突が突き出た風景は酒都・西条のシンボル。名高い銘醸地として全国に知られる。

 赤レンガの煙突が酒都・西条のシンボルだ。灘、伏見と並ぶ日本三大銘醸地に数えられる酒どころ。リニューアルされた駅前から続く「酒蔵通り」を歩くと、目に留まるのは赤い瓦屋根と白壁の酒蔵ばかり。西条の酒造りの始まりは江戸時代。明治に鉄道が開通して一躍、全国的に知られるようになった。西条の酒の特長は軟水仕込み。灘、伏見をはじめふつう酒は硬水でつくられる。

趣のある酒蔵のある町並み。町内を散策すると酒の香りがする。一つひとつの蔵を巡り歩くのは楽しい。

 西条を代表する酒蔵の一つ「賀茂泉[かもいずみ]」の渡邊伸司さんは「軟水は発酵が難しく、酒造りには不向きな水ですが、軟水醸造法を開発して、甘口の西条独特の酒をつくり出したのです」。ゆえに硬水でつくる灘、伏見の「男酒」に対して軟水の西条の酒は「女酒」と呼ばれる。現在7軒の酒蔵があり、それぞれが全国的にも名高い銘酒を醸造している。各酒蔵ごとに井戸を開放しており誰でも気軽に水を試飲できる。「不思議ですが、蔵ごとに水の味が違うのです」と渡邊さん。駅の北側すぐ近くに酒の神様を祀る松尾神社があり、秋の「酒まつり」には全国から1,000銘柄を超す日本酒が集まり、約25万人もの人で町は溢れる。町をぶらぶら散策して酒蔵を巡り、自分好みの酒を探すのもおもしろい。

西条を代表する酒蔵の一つ「賀茂泉」。白壁に朱色の屋根が美しい。写真下は賀茂泉の井戸。湧き水は一般にも開放されている。

賀茂泉酒造の渡邊伸司さんは「私どもは特に純米酒にこだわった酒造りをしています」。お薦めは賀茂泉を代表する商品「純米吟醸 朱泉本仕込」と話す。

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