幾重もの巨大な波が白い波頭を見せて、外浦の仁江海岸にまるで襲いかかるように押し寄せる。崖の下の茶色い建物は「奥能登塩田村」。

特集 珠洲市 外浦・内浦 奥能登

2ページ中1ページ目

外浦に400年継がれる伝統の塩づくり

 奥能登、外浦の冬は厳しい。凍てつくシベリアおろしが容赦なく吹きすさぶ。灰色の空に覆われた海は荒れ騒ぎ、次々と立ち上がる大きな波頭が押し寄せ、集落をのみ込んでしまいそうだ。フードを目深に被ったお年寄りが、すれ違いざまに大きな声で呼びかける。「ひどいな、風!」。

 これが冬の挨拶なのだ。「冬中ずっとこうや。こらえるしかない」。海沿いの家々に設けられた「間垣[まがき]」は、ビュービューと吹きつける季節風から家を守るための外浦の伝統的な景観だ。険しい崖が続き、大波が砕ける外浦では耕す農地はほんのわずかばかりだ。

 石川県珠洲市は、能登半島の突端。金沢からでも約180kmも隔たり、かつては「陸の孤島」とも呼ばれた。が、平城京出土の木簡にその名は記され、8世紀の『出雲国風土記』では重要な役で登場する。出雲国はあまりに小さい。ゆえに「高志[こし]の都都[つつ]の三埼を余ありやと見れば、国来[くにこ]国来[くにこ]と引き寄せて三穂[みほ]の埼ができた」とある。

外浦と内浦が接する半島の最突端の禄剛崎(ろっこうざき)の集落。狼煙町付近は海の難所で、座礁し難破した船も多い。

 有名な「国引き神話」の一節。高志は越国[こしのくに](福井県〜新潟県辺り)、都都は珠洲、三穂は島根県の美保関を指し、島根半島は珠洲の余った土地を引っ張ってきて造られたという。出雲と珠洲の密接な関係を暗示する神話だ。また能登国に赴任した万葉歌人、大伴家持は都に残した妻に、珠洲の海士[あま]が潜って採る真珠を手に入れたいと歌に詠んでいる。海士町(輪島市)は外浦の海岸にあって今も素潜り漁で知られている。

 珠洲は平家の滅亡後、平大納言・平時忠が配流された地でもある。外浦の曽々木の「時国家[ときくにけ]」はその末裔で、豪壮で古格な館が残っている。時国家に伝わる『時国家文書』は特に江戸期の珠洲を知る上で貴重な史料だ。それによると、豪農であっただけでなく、加賀前田家と関わりが深く、鉱山経営や製塩業、大型の廻船を何艘も運航し交易を盛んに行っていたようだ。

 そこに浮かび上がるのは豊かな珠洲の風景だ。日本海交易という大動脈の要地として珠洲には諸国の廻船が出入りしていた様子が見えてくる。もっとも、稲作に不向きな外浦で盛んだったのは製塩だ。加賀藩は年貢米の代わりに塩を上納させたそうで、海岸線一帯に無数の塩田があったという。珠洲の外浦は瀬戸内海の製塩地と並ぶ、塩の大生産地だったのだ。

塩田での作業は5月から9月までだが、その作業は12の工程がある。上の写真は、浜士の登谷良一さんが桶で何度も海水を汲みあげ、打桶で均一に塩田に撒いて塩分の濃度を高くしている作業。浜士は、酒造りでいう杜氏で塩田の全責任を担う職人。

塩田での作業の次は釜屋での作業。左の写真は、塩分濃度の高いカン水を薪の火で大釜で煮詰める作業。釜焚きで塩の旨味加減が変わる重要な工程で浜士の勘どころ、腕のみせどころだ。一回の釜で約90kgの塩をつくる。釜屋での作業は6工程ある。

「濃度30%が一番の塩加減。それ以上はただ塩辛いだけ。能登の海の塩は栄養分がたっぷりで旨味があります」と登谷さんは話す。

 塩づくりは伝統的に外浦の家族総出の仕事。昭和中期に製塩業者は106を数えたが、製塩の工場生産化で一気に衰退。わずか一軒だけが残り、途絶えそうになった外浦の塩づくりの文化を繋いだそうだ。製塩法は400年受け継がれる「揚げ浜式製塩」と呼ばれるもので、日本最古のこの製塩技術は国の重要無形民俗文化財である。塩づくりの匠を「浜士[はまじ]」という。

 「浜士の師匠に習って技術を受け継いでいます」と話す登谷[とや]良一さん(67歳)は、「奥能登塩田村」の浜士だ。汲みあげた海水を塩田に繰り返し散布し、太陽で水分を蒸発させて塩分濃度を高くした後、大釜で煮詰めて結晶を捕り出す。「潮汲み3年、潮撒き10年。ここの塩づくりは手塩にかけて、という言葉どおりです」。寒流と暖流が混じる能登の海水はミネラルが豊富で、河川が少ないために海水に汚れもない。塩分濃度30%、ほんのり甘くて旨味のある奥能登伝統の塩は料理人の間でも評判を呼んでいるそうだ。

「間垣」は冬の強い季節風から家を守るための竹でできた垣。風を柔らかく受け止めながら、風を逃すような仕組みになっている。夏には強い西日を和らげてくれる。

海岸に乱舞する「波の華」は奥能登・曽々木海岸の冬の風物詩。季節風が強い日に岩に打ち付けられた波が泡となって舞う。海中のプランクトンの粘液が波にもまれて泡状になったもので、海水が汚染されているとできにくいとされる。

ページトップへ戻る
次のページを読む
  • 特集1ページ目
  • 特集2ページ目
ローカルナビゲーションをとばしてフッターへ