桐箱

鳥取県八頭郡八頭町

中国山地を背後にひかえ、県土の多くを森林が占める鳥取県。ブナや桐、杉、檜、欅、栃など、多様な木材に恵まれ、古くから銘木の特性を生かした日用調度品が作られてきた。大切な物を納めておくための桐箱は、県指定の郷土工芸品の一つ。湿気を防ぎ、防腐効果の高い桐ならではの木工製品である。鳥取県東南部の山あいの町に桐一筋に磨き抜かれた職人の技を訪ねた。

木と対話し、道具と呼吸を合わせながら形づくられる手わざの美

抹茶碗を収納する「三つ組み四方桟茶碗箱」(左)と、気密性の高い印籠仕上げによる「掛け軸入れ」(右)。

気候風土に根ざした桐の伝統工芸

 桐の原産地はアジア大陸東部とされ、日本では北海道南部以南において、植栽あるいは自生している。ゴマノハグサ科の落葉高木の桐は、成長が早く、女児が誕生すると桐を植え、その桐を使って箪笥[たんす]などの花嫁道具をあつらえるという風習が伝えられる。

 日本人と桐との関わりは古く、弥生時代の登呂遺跡からは桐材の小琴が発見され、また天平の宝物を保存する正倉院の御物の中には、雅楽面など歌舞用器具が数多く残る。軽く優美なうえに、肌触りも良く加工しやすい桐が、雅楽の面や楽器として宮中行事に登場していた歴史がうかがえる。鎌倉時代には、武家の鎧櫃[よろいびつ]や刀剣箱、貴族の高級調度品などに用いられていた。さらに、江戸時代になって桐製の箪笥が作られるようになると庶民の暮らしにも広まり、以降、日本の気候風土に合った木材として、米びつ、水おけなど幅広い用途に使われるようになった。

八東ふる里の森

 八頭町は、1,000mを超える山々に囲まれ、町の中ほどをゆったりと八東川[はっとうがわ]が流れる。周辺には田園が広がり、山間部にある「八東ふる里の森」のブナ林は、秋には見事な紅葉を楽しませてくれる自然豊かな町だ。この地で「大谷桐工」を営む大谷耕象[こうぞう]さんは、県認定の伝統工芸士であり、桐箱づくりの第一人者として名高い。大谷さんが作る桐箱は、茶道には欠かせない色紙箱や茶碗箱をはじめ、掛け軸箱、古文書入れなどを作り続け、京都の寺社や茶道家元の注文に匠の技で応えている。

手仕事ならではの精緻な美しさ

 桐材は、防湿性や耐火性に優れ、虫もつきにくいという優れた性質を備えているが、樹液が多く、日光や空気に触れると黒変するという欠点を持つ。そのため、まず桐の製材を約2週間水槽の中に浸ける「あく抜き」から始め、その後は1カ月ほど天日乾燥させるが、乾燥が不十分だと製品にあくが出て浅黒くなってしまう。自然乾燥に向いている10月〜4月は、1年のうちでも桐箱づくりに適した時期だそうだ。

 作る物に合わせた寸法に切る「木取り」、板の厚みを決める「板止め」などの作業は機械を使用するが、ほとんどは緻密な手作業だ。鉋[かんな]くず1枚の差が、ふたの閉まり方にも微妙に影響するため、鉋のかけ具合はまさに熟練の技。細工によって何種類も使い分けるという鉋は、作品の気密性を高めるとともに、桐の「さえ」を出し、木目の美しさや柔らかさを引き出す要の道具となっている。「桐はいろんな表情をしている。全体の色、木目を揃えるのも長年の技と勘」と大谷さん。ドリルで小さな穴を開け、木釘を打ち込んで板を留める工程、さらに上蓋に施す緩やかな丸みなど、仕上げまで続く細かな作業の中に「技」と「勘」が光る。

 機械化で量産されるものが多い中、大谷さんの桐箱は手仕事にこだわった美術作品。工房には長年使った箪笥や長持などの桐材を持ち込んで、箱づくりを依頼する人もあるそうだ。一つひとつ丹精込めた桐箱は、収納物を守る精巧さと人の手の温もりを備えている。

  • 「木取り」と呼ばれる工程では、昇降盤を使って桐板を製品に必要な大きさに切る。機械がなかった昔は、こうした作業も全て手仕事で行っていた。

  • 板の表面を鉋で削り、触っても分からないほどの薄い厚みを調整する。難しい作業ほど人の手にこだわり、収納具としての性能を高める。

  • 丸鉋や長台鉋を使って蓋の上面に丸みを帯びた加工を施し、真四角の木箱を表情豊かに仕上げていく。

  • 「刃の具合が少しずつ違う」という鉋を使い分け、細工を施し磨きをかける。左から荒削り鉋、仕上げ鉋2種、丸削り鉋、長台鉋。

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