ふるさとの味

大阪府泉州地域 水なす漬

手で握ると果汁が滴り落ちるほど、豊かに水分を含んだ果肉。 岸和田、貝塚、熊取、泉佐野など泉州一帯で栽培される水なすは、 そのみずみずしさや艶やかな濃紫、丸みを帯びた形を特徴に持つ。 皮が薄く柔らかな食感は生食に適し、ぬか床で浅漬けにした 「水なす漬」が持ち味を生かした食べ方として地域に伝わる。 庶民の暮らしに根づく、泉州ならではの食文化を探った。

栽培から漬け込み作業まで丹精込めて育まれる地域の味。

泉州の風土が育む希少な作物

 大阪府南西部に位置し、大和川以南の13市町からなる地域を泉州と呼ぶ。西北は大阪湾、南は和泉山脈に接し、田園地帯にも恵まれた温暖な土地は、この地域特有の農産物を生み出し、古くから食にこだわる大阪人の胃袋を支えてきた。中でも、泉州水なすは地域を代表する食材として、今や全国的にもその名が知られている。

 

 水なすは、他のナス同様、大陸から種が入り、水分の多い品種が泉州の肥沃で水はけのよい砂質土壌に根づいたとされる。室町時代の書物『庭訓往来[ていきんおうらい]』には、「沢茄子[みつなす]」の記述が見られ、現在の貝塚市澤地区がその発祥ともいわれている。かつては、農作業の喉の渇きを潤すためのものとして、田んぼの畦などで育てられてきた夏野菜。加温から無加温のハウス栽培、露地ものへとリレー栽培されるようになった現在では、ほぼ1年を通して生産されるようになった。ただ、水なすは寒さにも暑さにも弱く、いたって繊細な果菜。ハウス内のわずかな温度差が成長を左右し、日光が足りないと特有の色や形の実がならず、泉州水なすとしては出荷されないそうだ。不思議なことに、ここ泉州以外の土地では同じものは育たないという土着の作物。生産農家は土づくりからこだわり、大切な種を守りながら、地域が誇る名産品を育んでいる。

きめ細やかに温度管理をしたハウス内で栽培される水なす。木によって成長が異なるため、毎日丹念に1本1本の状態を見極め、水やりや施肥を行いながら成長を見守る。

人の手と酵母が生み出す自然の滋味

 泉州水なすの出荷は、2月頃からスタートする。朝採りした水なすは、手に吸い付くほどのしっとりとした感触。生で食べると、サクッとした果物のような食感と甘さがある。しかし、鮮度の劣化も早く、収穫後はすぐに漬け込むことが、「水なす漬」の風味や仕上がりの美しさを決めるという。

 「漬け込む作業は実に簡単。それだけに素材にはこだわり、手づくりの味を守っています」と話すのは、貝塚市にある水なす工房「よさこい」の中岡靖昭さん。もとは、祖父が始めた料理店で、献立に添えられていた漬物。創業60余年の伝統の味を3代目として受け継ぎ、泉州の食文化として発信している。

地元貝塚や泉佐野市などの契約農家から届く水なすを、一つ一つ塩を振って手揉みし、天然素材だけで練る自慢のぬか床にくるんで袋詰めする。自然発酵にこだわるぬか漬けは、3から4日で食べ頃に。包丁を使わず、繊維に沿って手で裂くと、みずみずしい果肉が現れる。そのままでもやさしい甘みを楽しめるが、おろし生姜を添えるのが地元での味わい方。食べ合わせもよく、食欲が落ちる夏場にはおすすめという。昔は各家庭にぬか床があり、漬かり方にも好みがあったそうだ。庶民の暮らしに根づいた味は、早春から夏の盛りへと季節を巡る。

泉州では、浅漬けといえばぬか漬けのこと。「よさこい」では、ぬかは塩、唐辛子、昆布、鉄分を入れて毎朝工房で職人が練る。

気候や温度によって塩ののり方が違うため、一つ一つ手触りで確認しながら、丁寧に揉み込んでいく。

ぬか入りの袋に詰めるのも全てが手作業。袋詰め後も発酵するので、袋には食べ頃を表示。

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