ふるさとの味

和歌山市 こけらずし

紀ノ川上流の柿の葉ずし、有田や御坊のサバのあせずし、 串本から新宮にかけてはサンマの姿ずしやなれずし。 和歌山県下では、地域ごとに特色あるすしが数多く残されている。 その土地の産物を生かし、正月や季節の祭り、棟上げなど 祝いの日のごちそうとして受け継がれてきた行事食。 和歌浦沿岸の漁師町には、「こけらずし」と呼ばれる 素朴なすしが、郷土の味として伝わっている。

先人の知恵が今に伝わる海の恵みを生かした素朴な味。

港町に伝わる素朴な伝統料理

 大小さまざまな入江が点在する和歌浦沿岸。万葉の昔から多くの歌人を魅了した景勝地であり、底びき網漁がさかんな雑賀崎[さいかざき]や田ノ浦などの漁港を持つ。和歌山県下でも有数の小型底びき船の基地である雑賀崎漁港には、たくさんの船が係留され、港の背後に広がる集落は、急峻な斜面に沿って民家が建ち並んでいる。家々の軒先を縫うように細い道が巡り、どこか懐かしい風情が漂う港町。この地域には、祭りや慶弔の行事と密接に結びついた「こけらずし」が昔ながらの味わいのまま伝わっている。

 「こけらずし」とは、魚介や野菜を薄く切り酢飯の上にのせて押したもので、今日の「押しずし」、「箱ずし」の原型と考えられている。全国的に主に祝いの時に食べるすしを指し、各地方の特産品を用いて地域色豊かな「こけらずし」が作られてきた。かつて、屋根をふくのにスギやヒノキなどを薄く削った「こけら板」を用いたこと、また、家を建てた際の祝いのすしとして食べたことから「こけら落とし」の語に因むなど、名前の由来には諸説あるという。 

 雑賀崎や田野地区に伝わる「こけらずし」は、底びき網漁で水揚げされるエソを材料にする。エソは、この辺りでは年間を通じて手に入る魚で値段も安い。ただし、小骨が多く刺身や焼き魚には不向きなため、多くは蒲鉾などの練り製品の材料に加工されるそうだ。 普段家庭で調理されることの少ないエソも、祭りや祝いの時にはもてなし料理に姿を変える。地域に根づく味わいには、身近な素材を生かす知恵と工夫が見て取れる。

のどかな漁村の風景を残す田ノ浦漁港。雑賀崎や田ノ浦は、夏場はハモや芝エビ、秋になればクチ、シタビラメ、アジ、アシアカエビなどの底びき網漁で賑わう。

ひと手間を惜しまないもてなしの心

 雑賀崎漁港の細い路地が続く町の一角に、食堂兼仕出しの「池田商店」がある。この店を営む池田博子さんは、雑賀崎の郷土料理を今に伝える第一人者だ。厨房も兼ねた店内には、よもぎ団子「おおやさ」や、あせの葉でくるんだ「あせずし」など、昔ながらの地元の味が並ぶ。小骨の多いエソを丁寧に調理し、手間を惜しまずに作る「こけらずし」も、この店の名物料理。

 エソをそぼろ状の具材にするには、まず内臓や頭、尾を除いて焼き、皮を取った後、小さな骨を取り除きながら身をほぐしていく。 この時、さらに口当たりをよくするため、包丁でトントンと叩くことから、地元の人たちは「トントンずし」とも呼んでいるそうだ。ほぐした身は、砂糖、みりん、酒、醤油などで炒り煮にし、水分を飛ばしていく。こうした工程ごとに小骨を取るひと手間が、食感や風味を左右するという。できあがったそぼろは、少し甘めのしっとりとした仕上がりで、酢飯との相性もよい。専用に作ったという小ぶりの押し型に入れると、食べやすい大きさの「こけらずし」が完成する。そのままでもおいしいが、彩りに錦糸卵を散らせることもあるそうだ。古くから、家族や親戚が集う席には欠かせないもてなし料理。漁師町ならではの滋味は、 今も脈々と受け継がれている。

エソは、熱帯、亜熱帯海域を中心に生息する魚で、紀伊半島や四国、九州で多く漁獲される。クセがなく上質の白身は、練り物材料として重宝されている。

焼いたエソの身を箸でほぐしながら、根気よく小骨を取り除いていく。「手間ひまかけるほどおいしくなる」と池田さん。

型に入れる分量、押す力加減などは、長年の経験で身につけた技。その手の動きから自慢の味が生まれる。

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