沿線点描【津山線】岡山駅から津山駅(岡山県)

旭川に沿って備前から美作[みまさか]の国へ二つの城下町を結んで走る。

岡山駅と県北の津山駅とを結ぶ津山線は全長58.7キロメートル。 17駅の単線のローカル線だが、朝夕は通勤通学客でにぎわう。 2両編成のディーゼルカーに揺られて、 のんびりと「美作国建国1300年」の津山へ向かった。

岡山駅前(新幹線口)に建つ桃太郎と従者のサル、キジ、イヌの像。桃太郎伝説は単なるおとぎ話でなく、吉備国の歴史に関わると言われる。

穏やかな山村の風景と、懐かしい小さな駅舎が続く路線

 岡山駅は交通の要衝となるターミナル駅だ。山陽本線、山陽新幹線などさまざまな路線が乗り入れており、津山線の普通列車と快速「ことぶき」は9番ホームから発着する。「ことぶき」の由来は沿線に縁起の良い駅名が多いのにちなんで一般公募で命名されたそうだが、今回は普通列車でのんびりと津山を目指した。

 ディーゼルエンジンの心地よい振動とともに列車はゆっくりと岡山駅を離れる。しばらく山陽本線と並走した後、旭川の上流に向かって北に進路を変えると、こんもりと盛り上がった山が出迎えてくれる。津山線の魅力は蛇行する旭川の表情と、沿線の穏やかな山村の風景、そしてノスタルジックな駅周辺の佇まいである。 

 旭川に導かれるように山々の狭間へと列車は進む。山際を走る玉柏[たまがし]駅と牧山駅の間は、旭川の大きな蛇行を眼下に眺めるビューポイントで、周囲の風景も雰囲気も先ほどまでの都市の喧噪と一転する。山々の起伏がなだらかなせいか、山間地とはいっても風景は明るく、変化のある豊かな田畑が広がっている。車窓をたしなみつつ走れば最初の目的地、建部[たけべ]駅に到着。

列車は蛇行する旭川に沿って走る。(玉柏駅から牧山駅)

鉄道開業以来の姿を今にとどめる建部駅。駅舎は「国の登録有形文化財」。駅名の字体は当時のままだ。

 木造瓦葺きの小さな駅舎はなんとも鄙びた趣がある。1900(明治33)年に、津山線の前身、中国鉄道が開業した当時の姿そのままで国の登録有形文化財の貴重な鉄道遺産。屋根瓦など改修されているものの、駅の姿も待合室の雰囲気も当時と変わらない。敷地内には職員が宿泊した住居もそのまま保存されていて、駅名を表示する手描きの字体が特に印象的だ。まさに鉄道の歴史を伝える遺産で、映画のロケにも使われた。

田園の中を走る「たまご」をテーマにしたラッピング列車。沿線には昔話に登場しそうなのどかな集落の風景が続き、車窓を眺めていると癒される。 (弓削駅から誕生寺駅)

亀甲駅の駅舎は亀に似せて建てられたユニークな意匠で、亀の目は時計になっている。

法然の弟子となった坂東武者・熊谷直実が建立した誕生寺。御影堂、山門は貴重な国の重要文化財。

 津山線のほぼ中間地点となる福渡[ふくわたり]駅で旭川と別れ、誕生寺川 沿いに北上する。次の誕生寺駅も縁起の良い駅名の一つで、 浄土宗の開祖、法然上人の生誕地に建立された誕生寺がある。 列車は段々畑を車窓に亀甲[かめのこう]駅に到着。ユニークな駅で知られ、駅舎内では飼育ケースに何匹もの亀が飼われていた。 駅舎を仰ぐと、なるほど奇抜。駅の屋根から大きな亀の頭がニュッと突き出ている。亀は町のキャラクターなのだそうで、そのわけは駅の近くに露出した大きな「亀甲岩」の伝説にちなんでいるという。
 そして、この亀甲駅では訪ねてみたいところがあった。

 一つは美しい棚田の風景。周辺には「日本の棚田百選」の棚田が4カ所もある。もう一つは「たまごかけごはん」で今や全国的に有名になった「食堂かめっち。」。棚田米で炊いたあつあつのごはんと、トロリとした玉子とのハーモニーは格別の味である。そもそも、ごはんに玉子をかける食べ方を考案したのは明治時代の郷土の偉人、ジャーナリストの草分けだった岸田吟香[ぎんこう]で、画家の岸田劉生は氏の四男。そこで美咲町では、2008(平成20)年に町おこしにと第3セクターで食堂をオープンし、全国に発信。今では年間7万人、北海道や東京などの遠方からのお客さんも多いという。

美咲町の中央運動公園内の空店舗を利用してオープンした「食堂かめっち。」のみなさん。たまごかけごはん目当てに県内外から大勢の人が訪れる。たまごかけごはんは、3種類(しそ、のり、ねぎ)の「タレ」を少し加えると、旨味がより引き立つ。

鉄道近代化遺産と、藩政時代の風情を残す津山の城下

津山駅の構内のはずれにある「旧津山扇形機関車庫」。「近代化産業遺産」などに 選定され、転車台は今も現役。

 満たされた気分で再び列車に乗り込み、亀甲駅を出ると津山駅はもうすぐだ。津山駅は津山線のほか、因美線、姫新線が乗り入れる中国山地の鉄道の要所で、鉄道近代化遺産の町としても知られる。駅に着く直前に「旧津山扇型機関車庫」が見えた。現役の転車台、国内最強最大のディーゼルエンジンを搭載し1両しか製造されなかった「DE50-1」を含め、津山には駅舎や橋梁など19もの貴重な遺産が残る。

レトロなディーゼル機関車が保存され、中でもただ1両だけ製造された「DE50-1」は鉄道マニア垂涎の的。

この日は小学生が野外学習に訪れていた。見学会は4月から11月までの第2・第4土曜、日曜を中心に実施。(要予約)

 駅前の吉井川に架かる「今津屋橋」を渡ると、城下町の歴史を色濃く残す津山の中心街。町のシンボルの津山城は備中櫓だけの姿だが、重厚な石垣の上に建つ白い城壁は実に美しい。城東界隈には旧出雲街道沿いに古い格子窓の家並みが1キロメートル以上も続き、 城西地区も寺や匠の町の佇まいを残して、町を散策すると通りや路地に藩政時代の趣を体感することができる。

 ところで、『続日本紀[しょくにほんぎ]』によると、今年はちょうど「美作国建国1300年」。美作国の国府が置かれた津山では建国を記念して町をあげてさまざまな催しが計画されているという。津山線の旅の魅力がさらに増え、いっそう楽しくなりそうだ。 

津山市城東地区の歴史的な町並み。旧出雲街道に沿って古い立派な構えの商家や町家が整然と続く。現在でもほとんどが実際の生活空間となっていて、歴史が今に息づいている。

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