ふるさとの味

島根県松江市 スズキの奉書焼き

水都松江のシンボル宍道湖は、多くの魚介が生息する食材の宝庫といわれている。 淡水と海水が混じり合う豊壌の湖は、宍道湖七珍[しんじこしっちん]と呼ばれる郷土の幸を育んできた。
中でも、「スズキの奉書焼き」は、藩政期の松平不昧公[ふまいこう]の時代から受け継がれる伝統料理。 気品ある味わいには、城下町ならではの食文化が息づいている。

松江藩城下の文化とともに受け継がれる香り高い郷土料理。

汽水がもたらす多彩な自然の恵み

 宍道湖と中海を結ぶ大橋川の両岸に開かれた城下町松江。藩政時代の面影を残す町を水路がめぐり、水の都の名にふさわしい風情が漂っている。とりわけ、さざ波に揺れる宍道湖の美しい湖面は、朝に夕べにさまざまな表情を見せ、古より出雲の人々の暮らしを豊かに彩ってきた。

 宍道湖は、日本海から中海を通って逆流する海水と、斐伊[ひい]川から注ぐ真水とが混じり合う汽水湖である。塩分環境は海の10分の1程度とされ、淡水魚、汽水魚はもちろん、時期によってはチヌ、カレイといった海水魚も回遊するという貴重な水域を誇っている。年間を通して生息する魚類は約100種類。その豊かな顔ぶれの中でも、郷土を代表する味覚を宍道湖七珍と呼ぶ。スズキ、モロゲエビ、ウナギ、アマサギ(ワカサギ)、シラウオ、コイ、シジミ。地元では、それぞれの頭文字を並べて「スモウアシコシ」と覚えるそうだ。

 七珍の第一にあげられるスズキは、コセイゴ、セイゴ、チューハン、スズキと成長するにつれて呼び名が変わる出世魚。冬に美保湾の浅場で産卵し、春になると境水道を通って中海、宍道湖へと入ってくる。すすぎ洗いをしたように身が白いことがその名の由来とされる白身魚の代表格。かつては、松江藩の特産品であったという高級魚は、城下町の歴史とともにこの地に伝わる名物料理「スズキの奉書焼き」に仕立てられる。

湖面を赤く染めながら、刻一刻と表情を変える宍道湖の夕景。スズキ漁は、夕方にしかけた網に刺さった魚を翌朝に揚げる「刺網(さしあみ)」などの漁法で行われる。

和紙のほのかな香りが風趣を添える

 「スズキの奉書焼き」とは、宍道湖でとれたスズキを奉書紙に包んで蒸し焼きにしたものをいう。その昔、漁師たちが焚き火の灰の中で焼いていたスズキを、藩主であった松平不昧公が所望され、灰がついたままでは恐れ多いと、奉書紙に包んで献上したのが始まりとされる。不昧公好みの味わいは、以降松江藩主の御用の折に作られる料理となり、長らく庶民は口にできなかったそうだ。

 お殿様ゆかりの伝承の味を郷土料理として復活させたのは、明治23(1890)年創業の老舗料亭「臨水亭[りんすいてい]」の2代目と伝えられる。4代目となる現在の店主西尾泰賢[やすかた]さんによれば、今では松江名物としてさまざまな店の味が登場するようになったが、この店では当時からの調理法が受け継がれていると言う。まず、下ごしらえでは、内臓の苦味のある部分は取り除いて、食感のよい胃袋などは詰めもどす。振り塩の前には丹念に針打ちをする。奉書紙の包み方も、頭や尾を出さずに全体をすっぽりと覆うことが特徴だ。水で濡らし、天火に入れて約1時間。時には紙から火が出てくるため、水を吹きかけながら焼くこともあるという豪快な料理だが、弾力のある白い身に和紙の香ばしさが移った繊細な仕上がり。

 紅葉おろしとほんのりとした甘さの煮返し醤油を添えるのも、代々のこだわりという。水温の低下とともに身がしまり、脂ものるという宍道湖産のスズキ。晩秋から初冬にかけて、伝統の郷土料理も旬を迎える。

地元では体長50センチメートル以上のものをスズキと呼んでいる。大きさに合わせ、専用に漉いた奉書紙を数枚重ねて包む。

全体を包んで蒸し焼きにすることで、風味を閉じ込め、ふっくらとした仕上がりになる。

包みを開くと、和紙のほのかな香りとともに白い身が現れる。箸でほぐし、数人で取り分けていただく。

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