ふるさとの味

兵庫県(瀬戸内海沿岸地域) いかなごの釘煮

炊き上がりの姿が、折れ曲がった古釘に似ていることから名づけられたという「いかなごの釘煮」。 早春に、播磨灘から大阪湾にかけての漁場から揚がる、新鮮ないかなごの稚魚でつくる釘煮は、 地域を代表する家庭料理であり、特産品としても名高い。 甘辛い味わいには、自慢の食文化を守り育む人々の思いが込められている。

浜揚げから鍋にかけるまで鮮度がおいしさを決める地元料理。

シンコ漁とともに始まる釘煮づくり

 明石海峡を挟み、西に播磨灘、東に大阪湾が広がる海域は、魚の宝庫といわれる好漁場を持つ。鯛やイワシシラス、タコなど、季節を追って旬の魚介が水揚げされるが、とりわけいかなご漁の時期には、神戸・垂水や明石、姫路に至る漁港が活気に包まれる。

 いかなごは、体長20センチメートルほどの細長い魚で、コウナゴ、カナギ、メロウドなど、地方によって呼び名が変わる。水面を長い群れ“玉”になって泳ぐことから、漢字では「玉筋魚」という字があてられる。きれいな砂地を好む性質があり、瀬戸内海では播磨灘に広がる「鹿の瀬」や大阪湾の「須磨の瀬」、「沖の瀬」などの浅瀬に生息している。低水温に適応するいかなごは、夏の間は海底の砂に潜り活動を停止して「夏眠」し、水温が14度を下回る12月下旬から翌年1月にかけて産卵する。2月下旬頃には、体長3センチメートル前後のシンコと呼ばれる稚魚に成長し、釘煮にはこのシンコが使われる。

 シンコ漁が解禁になるのは、例年2月下旬から3月上旬頃だが、その年の産卵や成育状況を見極め、試験操業をした後の網おろしとなる。目安となる稚魚のサイズは3から3.2センチメートル。小さすぎると家庭で炊くのがむずかしいため、漁業関係者は網おろしのタイミングに悩むという。

 漁期は、わずかひと月ほど。地元の主婦たちは、シンコが市場に出回る時期には連日釘煮づくりに精を出し、家庭の常備菜にするほか、知人や親戚などにも配るのが恒例行事となっている。

操業時間などにも取り決めがあり、厳しい資源管理のもとでいかなご漁は行われる。

漁師料理から地域自慢の味へ

 釘煮は、もともと神戸や明石、淡路島などの漁師の間でつくられていた料理であった。大正から昭和の初めにかけての食をまとめた『聞き書 兵庫の食事』には、〈淡路の食〉として釘煮が記載されている。また、戦前の神戸で料亭を営んでいた魚谷常吉の料理書『滋味風土記』には、生醤油と砂糖で煮詰めた「玉筋魚釘煎[いかなごくぎい]り」が、「酒によし、飯によく、そのうえ保存がきく」と紹介されている。

 各漁家で思い思いに作られていた釘煮を研究し、作り方を統一したのは神戸市漁業協同組合の女性部だといわれている。地元のおいしい食べ方を広めようと、1989(平成元)年からは毎年、「くぎ煮講習会」を開催。地域の味を次の世代へと受け継いでいくため、親子料理教室などを通じて食育活動にも取り組んでいる。

 釘煮の味を左右するのは、何よりいかなごの鮮度という。いかなご漁は、2隻の漁船で網を引く「船びき網漁」で行われ、網にかかったシンコはもう1隻の運搬船によって素早く港に運ばれていく。浜揚げされてから数時間で味が変わるといわれるシンコも、釘煮として加工すれば保存ができ、年間を通じた味わいとなる。垂水漁港にある同組合の直売所でも、釘煮は季節を問わず人気があるそうだ。かなぎちりめんとして食べられることが多いいかなごを飴炊き風にするのは、この地域ならではの食文化。その気取らない味わいは、農林水産省の「農山漁村の郷土料理百選」にも選定されている。

小さな魚ゆえに鮮度の劣化が早く、素早い調理が味を決める。

アク取り以外はかき混ぜたりせず、アルミホイルでフタをして、強めの火力で煮詰めていく。

新鮮なほど、炊き上がりが折れ釘のようにくの字に曲がる。

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