Essay 出会いの旅

Matsuura Yataro 松浦 弥太郎
1965年、東京都中野区生まれ。『暮しの手帖』編集長、文筆家、書店店主。18歳で渡米。アメリカの書店文化に魅かれ、帰国後、1996年、東京・中目黒に「エム&カンパニーブックセラーズ」を開業。2002年、「カウブックス」を中目黒で、2003年、青山で「カウブックス南青山店」をスタート。執筆や編集活動も行う。2006年、雑誌「暮しの手帖」編集長に就任。『軽くなる生き方』『ハローグッバイ』『愛さなくてはいけないふたつのこと』等著書多数。

「あるく、みる、きく」再び

 20代の頃は、知りたいことや、自分の目で見てみたいあれこれが多く、暮らしの中心は常に旅にあった。民俗学者の宮本常一氏が提唱した「あるく、みる、きく」の日々に夢中だった。必要な学びや、旅の支度、旅先での生活術、金銭や時間の使い方、出会った人々との交流など、そういった旅での体験が、時を経ることで、いつしか自分のライフスタイルの基礎となった。
 20カ国以上を旅し、その旅で身についた智恵や知識は計り知れない。そしてその一つひとつには、宝物のようなストーリーが隠れている。
 とはいうものの、40を過ぎると仕事がどんどん忙しくなり、宝物になるような旅から遠のくばかりである。年に数度、どこかに出かけることがあっても、いつまでに帰らなくてはいけないとか、ついでの仕事や、何か他の目的が一緒だったりして、そんな名ばかりの旅に退屈している。
 ポパイにとってのほうれん草のように、私の元気の源は旅であるから、旅を取り上げられると心がガリガリにやせ細ってしまう。
 そんな最近であるが、胸を張って旅といえる楽しみを見つけて元気になった。
 ある日、京都で「あるく、みる、きく」はどうかと思いつき、庭園巡りでもひとつしてみるかと出かけたのが、新しい発見になった。
 京都には名庭と呼ばれる庭園が数多くあり、その美しい景色を雑誌や本の写真で見ることがあっても、私はじっくり味わって見たことがなく、いつか歩いて巡ってみたかった。「あるく、みる、きく」というテーマに、 京都の庭園めぐりはぴったりだった。
 京都の庭園巡りは、人出の落ち着いた6月からがおすすめである。青もみじやさつき、花菖蒲がしっとりと迎えてくれる。梅雨時の雨に濡れた庭園がまた美しい。もちろん、夏も秋も見所は尽きない。
 さて、私の定番コースを紹介してみよう。
 まず、「嵯峨嵐山」で下車し、桂川に向って駅前通りを進み、府道135号を右手に折れて歩いて行くと天龍寺が見えてくる。天龍寺の庭園は、大和絵的池苑に、北宗山水画的な禅宗庭園が合わさった面白さと、石組の美しさが魅力である。いくら見てもひとつも飽きない。ここは京都の西に位置しているので、陽がきれいに当たる午前中に眺めるのが良い。
 「嵐山」から「龍安寺」まで、路面電車で移動し、住宅街を抜ける坂道を上がると、石庭の傑作がある龍安寺に着く。ここではたっぷりと時を過ごしたい。四季の美しい花々が楽しめる鏡容池は、 知る人ぞ知る龍安寺の見所でもある。
 次に大徳寺山内へと足を伸ばす。バスで「竜安寺前」から「金閣寺道」へ行き、乗り換えて「大徳寺前」へ。山内にはいくつもの塔頭があり、目指す大仙院と龍源院もそのひとつ。大徳寺山内の澄んだ空気を胸いっぱいに吸う。誰もが心が洗われる気分で一杯になるだろう。鳥の声や風の音にも耳を澄ます。静寂という音にも心を向ける。
 大仙院の「蓬莱山」は、龍安寺と並び日本を代表する石庭である。大河に流れ落ちる滝を表した枯山水をじっくりと堪能する。龍源院の「東滴壺」は坪庭の傑作である。
 最後は、仕舞屋造りの町並みが残る西陣界隈を散歩しながら、本法寺へ歩いて向かう。本法寺には、名庭中の名庭、本阿弥光悦が作庭した「三つ巴の庭」がある。京都庭園巡りに外せない石庭のひとつである。ゆっくりと庭園を鑑賞し、「あるく、みる、きく」の醍醐味を実感。
 本法寺界隈は、古き良き京都の風景に満ちあふれているから、そぞろ歩いて道に迷ってみるのもいい。
 京都の庭園巡りのよいところは、何も考えなくても「あるく、みる、きく」という極上の旅をたっぷりと楽しめることである。まさに宝物のような旅。ぜひお試しあれ。ちなみに、春夏秋冬いつ行っても、毎回違った感動が味わえるのが妙。帰りは、北山の「川端道喜」に寄って粽をおみやげに買って帰る(事前予約を忘れずに)。

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