Blue Signal
January 2010 vol.128 
特集
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うたびとの歳時記 photo
寒さの中、香り高く群れ咲く水仙は、 冬枯れの景色に彩りを添える。 古くは雪中花とも呼ばれ、雪をまとった姿は 書画の題材になり、美術工芸の文様にも用いられた。 女流俳人の代表として名高い 加賀の千代女[ちよじょ]の句とともに 日本人の心をとらえる水仙の歴史をひもといてみた。
新春を代表する清楚な花姿
 春に先がけ、いち早く花開く水仙。花の少ない季節に咲く貴重な花は、その甘い芳香とともに古くから人々の心をとらえてきた。白い花びらに黄色の副花冠をつける姿は、銀の盃台に金の酒杯をのせたように見えたことから、祝事にふさわしい花として「金盞銀台[きんさんぎんだい]」の名でも呼ばれた。生け花では、気品ある風情が新春の花材として好まれ、また茶の湯においても、茶会での季節に見合った茶花の代表とされている。


 水仙は、地中海沿岸を原産とするヒガンバナ科の球根植物である。学名のナルシッサスは、ギリシア神話の美少年ナルキッソスに由来する。日本に渡来したのは平安時代の末期といわれ、シルクロードを経て中国に伝わった原種が、海流に乗って日本の海岸沿いに漂着したとも考えられている。こうして帰化したものが日本水仙と呼ばれる自生種で、水辺に咲く姿を仙人にたとえて、「水仙」と名づけられたという。その名がはじめて文献に登場するのは、室町時代の漢和辞書『下学集[かがくしゅう]』(1444年)で、「水仙花」とともに「雪中花」の名も記されている。この頃から、水仙は日本文学に登場するようになり、江戸時代からは特に俳諧における季題として多くの俳人に詠まれ、名句が残っている。


 冒頭の句も、雪の中で香しく咲く、水仙の清らかな姿が詠われている。作者は、1703(元禄16)年加賀国松任[まっとう](現在の石川県白山市)に生まれた千代女。芭蕉の高弟のひとりである各務支考[かがみしこう]にその才を見いだされ、長く北陸俳壇の代表的女流俳人として活躍した。千代女には花を詠んだ句が多く、繊細な感受性と細やかな視点で草花に寄せる心を表現している。
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千代女は、50歳を過ぎた頃剃髪して千代尼となり、素園とも号した。冒頭の句は、62歳の時に編まれた『千代尼句集』(1764年)に収められている。当時、生前に個人撰集が刊行されるのは稀なことであり、このことからも千代女の盛名のほどがうかがえる。(『俳諧百一集』より/大阪市立図書館蔵)
水仙の香やこぼれても雪の上 千代女
寒風を受けて咲き誇る可憐な花
 原種が大陸から海流に乗って、日本に流れ着いたともいわれる水仙の球根は、海水の影響など受けないほど強くたくましい。そのためか、水仙の名所といわれるところは、すべて海沿いに分布している。淡路島の南あわじ市灘黒岩[なだくろいわ]水仙郷、紀伊大島の最東端部に位置する樫野崎[かしのざき]灯台などは、開花時期には白い花の群れと紺碧の海が織りなす絶景が広がる。


 中でも、福井県の越前海岸一帯は、日本海側の随一の自生地として知られ、南越前町から越前町、福井市越廼[こしの]地区にいたる海岸段丘で越前水仙の群生する風景が見られる。越廼には、越前水仙発祥の地としての伝説も残っている。越前水仙とは、越前海岸に咲く日本水仙のことで、日本海からの冷たい潮風を受けて育つため、他の地域の日本水仙に比べて花はやや小ぶりだが、香りが強いのが特徴という。冬は厚い雲におおわれ、海が荒れる日も多い北陸の地に、白い一重咲き水仙がみごとに群生するのは、沖を流れる対馬暖流の影響とされている。花の見頃は1月。波の花が舞う日も、崖地がそのまま海になだれ込むような傾斜地に、身を寄せ合うようにして咲き競う。この時期、越前岬などの海岸沿いの群生地は、白く可憐な花の甘い香りに包まれる。


 厳しい気候が続く冬の日本海で、寒風に耐えながら花開く水仙の健気な姿は日本人の琴線に触れるとともに、春の訪れを待ちわびる人々に、ひと足早い春を届けている。
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水仙の原種は、30種前後が知られているが、それらをもとに作り出された園芸品種は2万種以上ともいわれている。数ある水仙の中でも、越前水仙は雪の中でも芳香を漂わせることで人気が高い。 (写真:越前町観光振興室)
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