Blue Signal
January 2009 vol.122 
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鉄道に生きる【坂尻  末吉[さかじり すえよし](53) 京都支社 吹田工場 技術主任】
列車を制動するうえで欠かせない空気ブレーキ。
そのシステムの要である制御弁のメンテナンスを担い、
確かな性能を守り続ける職人を訪ねた。
指先の感性と確かな技術がミクロン単位での安全を作り上げる
ブレーキシステムの重要部の検査を担う
 列車の安全な走行を語るうえで絶対に欠かせない“止まる”という機能。坂尻が担うのは、この機能の要となる空気ブレーキ、その基幹部品である「A制御弁」の検査修繕である。

 聞き慣れない名前だが、非常ブレーキをかけた時、その指令を空気ブレーキ系統に出すのがA制御弁の役目の一つである。この指令により、車両に取り付けられた空気タンクからの高圧空気がブレーキシリンダーへと送り込まれて、車両は非常停止できる。また、電気ブレーキと空気ブレーキの両方を搭載している車両で万が一、電気ブレーキが故障した場合、空気ブレーキのみで確実に列車を止める「自動空気ブレーキ」に切り換えるのもA制御弁のもう一つの大きな役目である。まさに、列車のブレーキシステムの性能と信頼性を決定づける最重要部品なのである。

 A制御弁の歴史は古く、昭和初期の列車にはすでに採用されていた。以来80年の時を経た現在でも多くの車両に搭載され、吹田工場だけでも年間約600個ものA制御弁の検修を行っている。馴染み深いところでは大阪環状線を走る103系車両もこのA制御弁が搭載されている車両のひとつである。
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ブレーキ制御装置は各車両の床下に装備され、A制御弁の重量だけで約50kgになる。
職人の手だけが成し得る“摺り合わせ”
 「やはり、一番難しいのは摺り合わせという、弁となる金属と金属の接合具合を調整する作業です。接合面にわずかでも傷があると、そこからエアーが漏れてしまいますし、逆に金属と金属の間にまったく隙間がないと、弁の滑りが悪くなってしまいます。手の感覚だけが頼りの、非常に微妙な面仕上げが求められます」。

 そう語る坂尻は、金属の滑り弁仕上げ職人の第一人者として、20年以上にわたってA制御弁、ブレ−キ弁を手掛けてきた。昭和49年に入社、はじめて配属された高砂工場では鉄工部品の検修を担当。そして昭和62年、鷹取工場へ配属されたことで空気制御弁類の検修を担当することになった。平成12年には経験と知識、技能を見込まれ、車両保守のハブステーションの一つである吹田工場に転勤。坂尻はここで、自ら職人として活躍する一方、指導者として部下社員の指導、育成にあたっている。
車両の床下に息づく技と気概
 摺り合わせ作業は金属と金属の摩擦具合などをふまえて削り出しを行うため、機械化できない繊細な作業分野の一つである。坂尻は、自らの手の感覚と経験で、ミクロン単位の削り出しを行っている。

 「かつてベテランの先輩から『摺り合わせの完璧なA制御弁は何年経っても大丈夫だから、摺り合わせこそすべてだと思って仕事をしろ』と言われました。以来、その言葉を忘れることなくやってきました。制御弁は約2年ごとに検修を行いますが、自分が手掛けた制御弁が不具合なく定期の行程を終えて、無事に工場に戻ってくることが何より一番うれしいですね」と坂尻。単純明解だが、自らの感性と経験に裏打ちされた技術で、列車の安全を担っている職人の責任感と使命の重さを感じさせる言葉だ。

 A制御弁を搭載した車両が走り続ける限り、坂尻が磨き続けてきた職人の技と気概はこの先も継承されていくことだろう。
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A制御弁の摺り合わせ作業。その日の天候やコンディションまで考え、すべての神経を指先に集中する。
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検修を待つA制御弁。吹田工場では4人の職人でA制御弁の検修を受け持つ。
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A制御弁の内部。ここにできた摺り合わせの痕跡を見ながら、金属面を削っていく。
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A制御弁のピストン部。この金属面をどれだけ、どのように削るかで、摺り合わせの精度が決まる。
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整然と整理された砥石類。砥石も使いやすいよう各自が自作し調整する。
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