Blue Signal
July 2007 vol.113 
特集
駅の風景
出会いの旅
うたびとの歳時記
鉄道に生きる
探訪 鉄道遺産
Essay 出会いの旅
ホンマタカシ
1962年東京生まれ。写真家。
日本大学芸術学部写真学科中退。1999年、写真集「東京郊外」(光琳社出版)で第24回木村伊兵衛写真賞受賞。主な写真集に「BABY LAND」(リトル・モア)、「HYPER BALLAD:Iceland Suburbun Landscapes」(スイッチパブリッシング)、「東京の子供」(リトル・モア)、最近スイスのNieves booksより「Tokyo and my daughter」出版。映画「きわめてよいふうけい」監督・撮影。
買い物キライと新幹線
ボクは買い物がキライだ。ヒトツのシャツを探して何軒もの店を廻るなんてゴメンだし、お店の店員さんに「お似合いですよ」なんてお愛想言われるのも大嫌いだ。でも洋服自体はキライじゃない。っていうか毎日着るんだから当たり前だけど気に入った物を見につけたい。じゃあどうしているのか?ボクは東京に住んでいる。3、4カ月に1度品川駅から新幹線に乗る、目指すは新神戸。新幹線の中では必ず文庫本を読む、それは内田百聞だったり山口瞳だったりすることが多い、武田百合子や向田邦子、須賀敦子も大好きだが女性作家は家で読むほうがいい、最近は山岳小説の割合も増えた。
だいたいお昼ぐらいに出発して新神戸に3時ぐらいに着く。駅からタクシーで元町駅のトアロードに真っ直ぐ向かう。このあたり一帯は小さなオシャレなお店が密集している。そこにボクの目的地のジーンズショップがあるのだ。アメリカ南部をイメージしたそのお店の入り口は狭くてわかりにくい。扉を開けるとHさんがビックリした顔で「ホンマさん!連絡くれればいいのに」とイツモどおり言う。ボクは絶対あらかじめ「行きます」とか連絡しない。別に驚かせたいわけじゃないんだけどテレくさいし面倒だ。Hさんもテレくさそうに笑いながら「もー…」といいながらボクをお店に通してくれる。

簡単にお店に通すといいながら実はこの店は簡単にはお店に入れない。なんと会員制なのだ。しかもHさんの面接を受けなければ商品を売ってもらえないのだ。その基準はいかにジーンズが好きか?ただ好きで何本も持ってます、なんて言ったら、そりゃ大変「じゃあそれを全部はきつぶしてから来てください」と言われて試着さえさせてくれないのだ。

とにかく1本のジーンズをいかに大切に穿いてくれるのか?Hさんの想いは厳しい。それだけ自分の店の商品に愛着を持っている。売るのではなく「託す」とHさんは言う。そんな店のボクは会員ナンバー0番を持っている。ボクは買い物がキライだ。だからボクはこの店のジーンズしか持っていない。Hさんのいうとおりに1回洗濯しあとは毎夏に1回しか洗濯しない。あんまり洗濯すると通称ヒゲといういい形のシワが出来ないらしい。ボクはそんなこだわりはない。でもHさんのいう事は出来るだけ守ろうとおもう。だから毎回ジーンズを買うわけじゃない。ティーシャツやトレーナーやシャツを物色する。
アッという間に7時になりHさんはお店を閉め、旦那でデザイナーのSさんと一緒に近くの小鳥屋という和食屋に行く。狭い階段で2階に上がる。まだ生まれたばかりのスーチャンを交えてレバ刺しやつくねを食べる。もちろんビールも飲む。スーチャンはその後しばらくして、まだ幼稚園なのにビールをついでくれるようになった。数年前この家族が突然東京のボクの事務所にボクの知人の紹介で来たのがきっかけだ。ある雑誌にのったボクが撮影した風景写真が気に入って、それをこれからオープンするお店のポスターに使わせてもらえないか?という用件だったとおもう。その後すぐ、ボクが関西出張のついでに神戸に行ってそれから仲良くなった。それ以来ボクの3、4カ月に1度の神戸通いは続いている。もうボクの洋服の80パーセントはHさんとこの服だ。

Hさんが「もう、今度はユックリ泊まりで来てくださいよ」という。ボクは曖昧に返事をする。ブラリと半日で来るのが好きなのだ。9時ちかくになる。別れを惜しみタクシーに飛び乗る。東京行きの最終ギリギリになる。時には駅周辺が混雑していて手前で降り、駅まで走ったこともある。とにかく最終に飛び乗る。そんなボクの格好は行きとは全身変わっている。買った服にすぐ着替えるのが好きだからだ。お店のお香のにおいがする。そしてボクはユックリ目を閉じて電車の揺れに身をまかす……。

そんなHさんとSさんは数年後東京に移住してきて、違う名前でお店を始めた。今はイツでも彼らにすぐ会えるし洋服も買える。スーチャンは渋谷の小学校に入学した。ボクはその事をスゴク嬉しくおもいながらも、3、4カ月の1度の新幹線神戸通いを懐かしく、そして残念におもっている。
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