Blue Signal
January 2006 vol.104 
特集
駅の風景
うたびとの歳時記
大阪駅進化論
天守閣探訪
富山駅 駅の風景【富山駅】
越中反魂丹[はんこんたん]、薬売りの故郷
前田氏13代が育んだ富山藩の城下町。
築城400年の歴史と、
北に富山湾、南に劍・立山連峰が従えた
風光明媚な富山は、
全国に名高い薬の町でもある。
贅沢な峰々の風景を仰ぐ
富山駅の南口を出ると、息をのむような景観に出合う。劍・立山連峰の3,000m級の峰々が街の背後に巨大な屏風のように連なり、とくに冬期の白銀の山々は神々しく、その壮観な眺めは富山ならではのとびきり贅沢な風景だ。

明治時代まで前田氏13代の富山藩の城下町だった富山市は、碁盤の目状の街路を備えた整然とした街で、市の北側には魚種豊富な富山湾、北アルプスから流れ出た神通川と常願寺川が南北に流れ、街の中心の官庁・ビジネス街でも清らかな水が流れている。

そんな街のシンボルは静かな佇まいの富山城。城下町の名残を伝えているが、歴史的な建物や町並みは実は大空襲でほとんど消失。現在の姿は戦後復興によるもので、その際、新しい富山の骨格となったのが富山駅を起点につくられた街路計画だ。富山城の天守閣もまた、1954(昭和29)年に戦後復興に伴う「富山産業博覧会」の開催を記念して再建された。天守閣から仰ぎ見る秀麗な峰々を、歴代の城主も愛でたにちがいない。
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富山駅は観光シーズンには立山へ向かう人々で賑わう。
イメージ 富山城は戦国時代の名将佐々成政の居城だった。その後、明治に至るまで富山藩前田氏13代の居城であった。現在の天守閣は戦後に再建され、現在は郷土博物館になっている。
イメージ 富山駅の北側にある富岩運河環水公園。市民の憩いの場として、また富山の新しいシンボルゾーンとして富岩運河の舟だまりが親水公園に整備された。
イメージ 呉羽山の中腹にある富山市民俗民芸村。民芸館・民俗資料館・考古資料館・陶芸館・売薬資料館などが並び、富山の歴史と文化に触れることができる。
イメージ 江戸中期の豪農民家の建築様式をそのままに残す浮田家住宅。
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呉羽山山頂から富山市街を望む。街の背後に3,000m級の立山連峰が聳える。
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魂を呼び戻す妙薬
町は戦後に復興したが、江戸時代から300年、連綿と伝統を引き継ぎ、現在も名高い富山の代名詞といえば「薬」。駅前の通りには、柳行李[やなぎごうり]を背負って日本全国津々浦々を薬の行商に歩いた「越中富山の薬売り」の像がある。

越中富山の反魂丹…。かつて子どもでもそらんじるほど有名な和漢薬は「体に魂を呼び戻す妙薬」として江戸時代から親しまれている。薬は、備前岡山の医師万代常閑[まんだいじょうかん]が富山2代藩主前田正甫[まさとし]公に献上し製法を伝授したとされている。

そして時は元禄。正甫公が江戸城に登城した折、城中で急に腹痛を起した大名に反魂丹を与えると、たちどころに腹痛は癒えた。その噂はたちまち城中に広がり、効能に驚いた諸大名は領内への販売を懇望し、一躍全国に販路を拡大。藩内への通行は厳重だったが、富山の薬売りだけは例外で、自由に藩内への立ち入りを許されていた。そんな富山の薬売りの特徴は、薬を先に預けて、使った分だけ代金を後で回収する「先用後利」のしくみだ。この画期的なしくみを支えたのが「懸場帳[かけばちょう]」という緻密な顧客管理データで、顧客の家族構成から健康状態までが事細かく記してあったという。
富山駅前にある「富山のくすりやさん」のモニュメント。得意先に薬を預け、使った分の代金をあとから回収する商法は富山の薬を全国に浸透させた。 イメージ
加賀藩金沢城主であった前田利長は神通川に64隻の舟を並べ、その上に板を敷いた船橋を架けた。当時を偲ぶ常夜燈が現在も残る。 イメージ
松浦守美画『越中富山神通川船橋之図、名物あいのすし』
(富山市売薬資料館所蔵)
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富山の市街地を流れる松川には遊覧船が行き交い、春には桜が咲き誇る。 イメージ
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観光土産は和漢薬
富山の地場産業である薬業は、昭和初期には富山県内の鉱工業生産額の第1位を占め、その頃には「市内の3軒に1軒ほどの家が薬業に関係する仕事についていました」と、富山市売薬資料館の資料に記載されている。もちろん現在も富山の薬売りは健在である。

「越中反魂丹」の看板を掲げた和漢薬店では、今も300年前のままの製法で反魂丹をつくり、全国各地の家庭に「配置薬」として活躍している。富山市の家庭配置薬の生産額は全国の過半数を占めている。

大小約50社ほどの製薬会社があり、製造される和漢薬は反魂丹のほか100種類以上もあり、心機能をよくする「六神丸[ろくしんがん]」、古くは立山山麓に棲む熊の胆のうからつくられた便秘、胃弱、二日酔いに効果のある「熊膽圓[ゆうたんたん]」はいまもロングセラーである。

和漢薬店の前には観光バスが停まり、大勢の観光客が昔ながらの素朴な紙袋入りのさまざまな和漢薬を手に手に買って帰る。数少ない丸薬師が熟練の手さばきで丸薬をつくる実演も見ることができる。

法被姿で観光客を案内する店員さんは「昔も今も富山といえば薬です」と笑って話した。
和漢薬店では300年前と変わらない製法での「反魂丹」づくりの実演を見ることができる。 イメージ
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