Blue Signal
January 2006 vol.104 
特集
駅の風景
うたびとの歳時記
大阪駅進化論
天守閣探訪
うたびとの歳時記 勝山左義長祭のドンド焼き。夜空に美しく映える炎に一年の無病息災、五穀豊穣などを祈願する。火の粉が高く舞い上がれば、その年は縁起がよいとされる。
元旦を大正月と呼ぶのに対して、
1月15日を中心に20日頃までを
小正月という。
小正月には、集落の辻や広場、
河原などで大きな火を焚き家々の松飾りや
注連縄[しめなわ]を集めて焼く行事がある。
「左義長[さぎちょう]」と呼ばれる
この火祭りには、
年神様を炎とともに
見送る意味があるという。
季感を尊ぶ俳人として知られる
松瀬青々[まつせせいせい]は、
左義長の神聖な火を
情景鮮やかに詠っている。
新年の風物詩としての歴史、
習わしを句とともにたどった。
新年の希望を託す火焚き行事
左義長の起源は古く、平安時代の宮中行事に遡るという。「さぎちやうは、正月に打ちたる毬杖[ぎちょう]を、真言院より神泉苑へ出して、焼き上ぐるなり」と『徒然草』にも記されるように、当時は、天皇の遊覧のための庭園で火祭の行事が行われていた。毬杖とは、正月に馬に乗り、紅白の毬を杖で打ち合う遊戯で、これに使う毬杖は祝い棒の一種であった。その破損した毬杖を陰陽師が集めて焼いた儀式に由来し、毬杖3本を結んで立てたことから「三毬杖[さぎちょう]」が語源ともいわれるが、いつ頃から左義長の字が当てられるようになったかは定かではない。

室町時代には、清涼殿の東庭に青竹を束ね、その上に天皇の吉書や扇子、短冊などを結んで焼いたとされる。これが民間にも伝わり、14日の夜、または15日の朝に長い竹を数本立て、正月に飾った門松・注連縄などを持ち寄って焼くようになり、現在の形になっていった。火が勢いよく燃え上がる時の囃しことばから、「とんど」「どんど」「どんどん焼き」などと呼ぶ地域もある。

古来より、左義長の火は神聖視され、新年に訪れた年神様は火煙とともに天上へ帰っていくと信じられてきた。その浄火で餅や団子を焼いて食べ、暖めた手で顔をなでると、一年を無病息災で過ごせるという風習も残る。新しい年への人々の希望を託して、左義長の炎は赤々と冬空を彩るのである。
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勝山左義長祭は、緑の松と青竹で組んだ御神体を設ける。
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女装した男衆や子どもたちが、櫓の上でお囃子にあわせ、滑稽なしぐさで太鼓を叩くようすは勝山左義長祭ならではの特徴。
左義長やちらちら雪の遠明かり 青々
豊かな季題で自然を切りとる
松瀬青々は、1869(明治2)年4月大阪船場の薪炭問屋の長男として生まれた。本名は弥三郎。北浜上等小学校を卒業した14歳の頃から、詩文、書、数学、漢学などを私塾で学び、幅広い教養を身につけていった。大阪商人として丁稚奉公や呉服行商をしながらも学問、読書を重ね、青々の俳句の間口の広さや精神の強靱さは、この少・青年期に培われたものと評されている。28歳の頃から俳句を学び、『ホトトギス』に投句をしたのがきっかけで正岡子規と出会う。子規は「明治三十一年の俳句界」の中で、〈大阪に青々あり〉とその句を賞賛している。1899(明治32)年には『ホトトギス』の編集にあたっている。

冒頭の句は、句集『妻木』4巻の「新年及春之部」(1905(明治38)年刊)に収められている。青々の句集は、編年体ではなく、季題別に編集されることが多く、駆使している季語の豊富さが際だっている。そのことは、とりもなおさず、季感を尊ぶ青々が意識的に古季題・難季題に取り組んでいたことの表れと考えられている。「左義長」は、他の句集でも多く詠まれる。自然真実に触れることを主眼とした青々にとって、新年の季節感を切り取るために、欠かすことのできない歳時記だったのであろう。
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春を呼ぶ伝統の火祭
日本では、大きな火を焚くことは魔除けやお祓いの意味を持つとされる。各地で行われる小正月の火祭も、前年の災厄を祓い、新春を寿ぐ行事に他ならない。福井県勝山市、奥越前と呼ばれる自然豊かな山間のこの町には、江戸時代より300年以上もの歴史を誇る「勝山左義長祭」が伝わる。市街地の12の町内ごとに総檜作りの「櫓[やぐら]」が組み立てられ、舞台では左義長太鼓が披露される。各町の道路上には色鮮やかな短冊が吊され、祭りににぎわいを添える。また、川柳と風刺画を組み合わせた「行燈[あんどん]」やその年の干支や吉祥形態にちなんだ「つくりもの」の展示も見どころとされ、行き交う人々の目を楽しませている。「御神体[ごしんたい]」と呼ばれる松飾りも、町内ごとに立てるのが習わしである。祭の最終日、各町の御神体は九頭竜[くずりゅう]河原へと担ぎ出され、神明神社で採火された御神火によって点火される。冬の夜空に燃えさかる勇壮な「ドンド焼き」の炎でその年の縁起を占い、五穀豊穣を祈願しながら2日間にわたる火祭の行事は幕を閉じる。

地元では、この時期に降る雪のことを「左義長雪」と呼ぶ。降っても積もることのないこの雪によって、人々はかすかな春の訪れを感じるという。時代を越えて脈々と受け継がれている民俗行事には、自然とともに暮らす人々の豊かな季節感も息づいている。
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御神体は注連飾りなどとともに、一斉に点火され祭のフィナーレ「ドンド焼き」を迎える。現在では毎年2月最終の土・日に行われる。
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