Blue Signal
July 2005 vol.101 
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特集[桃太郎伝説を訪ねて、吉備路へ] 桃太郎の起源と昔話・桃太郎の誕生
古代史に実在した鬼神と桃太郎の戦い
鬼は大和朝廷を脅かす吉備国の大王か
誰もに親しまれてきた日本昔話「桃太郎」。
桃から生まれ、イヌ、キジ、サルを伴って鬼征伐に行く。
童話や絵本のなかの架空のヒーローと思いきや、
吉備に伝わる古代伝承のなかに、
桃太郎は姿を変えて実在した。
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鬼ノ城から望む吉備平野一帯は、古代には「吉備の穴海」と呼ばれる海だった。
この地の古代神話には、鬼退治の桃太郎話と合致するところが数多くある。
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〜桃太郎さん、桃太郎さん、お腰につけたキビ団子、一つ私にくださいな〜

イヌ、キジ、サルはキビ団子をもらい、桃太郎とともに鬼征伐に赴く。岡山駅前広場には家来を従えた桃太郎が「鬼退治にいざ出発!」と言わんばかりの像が立っている。桃太郎といえば岡山、岡山といえば桃太郎とキビ団子のイメージが定着している。名実ともに桃太郎は岡山のシンボルだ。

ところが、桃太郎話は日本の各地に残っている。“我が町の桃太郎”は全国に20〜30カ所もあり、それぞれ物語の設定は微妙に異なる。必ずしも桃から生まれるという筋書きだけではなく、桃を食べて若返った夫婦が子どもを授かる設定や、家来が石臼や馬糞、蜂、百足だったりする。それに鬼退治ではなく嫁探しという話もある。

とはいえ日本人の誰もが、童話や絵本、童謡を通して脳裏に刻みつけているのは、桃から生まれてイヌ、キジ、サルと一緒に鬼を退治する桃太郎だ。「おじいさんとおばあさんが、川から流れてきた大きな桃を家に持ち帰り、割ってみると桃のなかから男の子が現れた。おじいさんとおばあさんに大切に育てられ、立派に成長した桃太郎は、キビ団子を腰にぶらさげ、鬼ケ島へ鬼征伐に向かう。道中、イヌ、キジ、サルが家来となり、悪らつな鬼を退治した」。

「勧善懲悪」のヒーロー譚は、子どもにも分かりやすい。正義のもとに皆が助けあって鬼=悪者に立ち向かうヒロイズムは海外でも人気が高い。このお馴染みのストーリーの起源を辿れば、古代ギリシャや古代インド、中国や朝鮮半島の古い類話に至り、渡来の話が日本各地の風土と擦りあわされ、その土地固有の桃太郎伝説が口承されていった。物語の原話が形成されたのは室町時代とされ、鬼ケ島に渡る源為朝の武勇を描いた『保元物語』(鎌倉時代初期)がその雛形ではと考えられているが、昔話の多くの原形は『御伽草子』(室町時代から江戸時代初期)にあるというのが通説だ。

江戸時代になると、桃太郎話は内容がより標準化され、元禄の頃(1688〜1703年)には庶民の間に広く普及する。この頃には50冊近い桃太郎の関連本が出版され、とりわけ人気があったのは絵入りの庶民本として親しまれた「赤本」や「黄本」だ。滝沢馬琴の『燕石雑志[えんせきざっし]』や、京都上賀茂神社の神官が著した『雛廼宇計木[ひなのうけぎ]』の筋書きは、出生の部分がいささか異なるものの筋書きは今日の桃太郎話に近い。明治時代には、巌谷小波[いわやさざなみ]が『日本昔噺』を刊行、シリーズ第一編に取り上げられた桃太郎は全国で読まれるようになった。教科書にも掲載され、「勇」「智」「義」など徳育の教材として使われた。

さて、ではなぜ、岡山が桃太郎話の最有力地となったのだろう。『おかやまの桃太郎』の著者で、岡山市在住の市川俊介氏は、「岡山には桃太郎話にまつわる条件が揃っていて共通点が多いのです」という。岡山の古名は「吉備」、キビ団子の「黍」に通じ、桃は岡山を代表する特産物。だが、何にもまして信憑性を裏付けるのが“吉備の古代史”だ。桃太郎の寓話をそこに重ねあわせると、物語のなかの桃太郎、イヌ、キジ、サル、そして鬼の姿が歴史上に実在したかのように浮かび上がってくる。
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【桃太郎絵巻】(岡山県立美術館所蔵)
江戸中期の狩野派の作と考えられ、その筆致から数人の合作と思われる。2巻からなり、あわせて約20mの大作。この絵巻では、桃太郎は桃から生まれるのではなく、拾った桃をおじいさんとおばあさんが食べて若返り、桃太郎を授かるという筋書きになっている。
「岡山美術百科」(岡山県立美術館/9月30日〜11月13日)で一般に初公開される。

(写真下)宝物を差し出し、桃太郎らに降参した鬼たち。
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(1)おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に…この場面では老齢に見えるが(2)の桃太郎が生まれた場面では、2人は若返っている。(3)強く立派に成長した桃太郎が、鬼ケ島へ鬼征伐に出発する場面。(4)イヌ、キジ、サルの供が揃い、めざすは鬼ケ島。
桃太郎の起源と昔話・桃太郎の誕生
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1894(明治27)年刊行の巌谷小波編『日本昔噺』。桃太郎はその第一編として出版され、これにより桃太郎話は全国に普及し親しまれることになる。(市川俊介氏所蔵)
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『おかやまの桃太郎』の著者・市川俊介氏
早稲田大学卒業。岡山市教育委員会文化財専門監をはじめ、市立オリエント美術館館長など数々の要職を務める。岡山の郷土史に関わる研究、著述を続け著書も多い。『おかやまの桃太郎』(岡山文庫)ではさまざまな史料・伝承を検証し岡山の桃太郎説の根拠を示している。
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