Blue Signal
March 2005 vol.100 
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倉敷駅 駅の風景【倉敷駅】(山陽本線・岡山県倉敷市)
都市の理想を追い求めた町
観光客の姿が絶えることのない倉敷。
大原美術館、掘割沿いに軒を並べる白壁土蔵や古い構えの商家。
少し路地に入るといっそう歴史の香りが匂いたつ。
歴史の面影を残す風景に、町を愛する人びとの深い思いがこもっている。
空襲から町を救った美術館
倉敷駅を出て、車が往来する大通りを真っすぐ南に歩くと数分で町の景観は一転する。美観地区と呼ばれ、掘割の水面に白壁の土蔵や柳並木が姿を映す、歴史的だがどこかエキゾチックな雰囲気。繰り返し紹介されてもなお人を惹きつけてやまない倉敷の特長的な風景だ。

美観地区のシンボルである大原美術館は、石柱に支えられ堂々と聳えるように建っている。1930年(昭和5年)開館の日本で最初の西洋美術の殿堂は、世界的なコレクションで知られ、美術館目当てに繰り返し町を訪れる人が少なくない。運河を挟み、美術館と向き合う豪壮な建物が大原家の屋敷である。

今日の美観地区の歴史的な景観は、大原孫三郎氏と、その遺志を継いだ總一郎氏の理想なくしては叶わなかったはずだ。「倉敷を誇りにできるのは、大原さんのおかげです」。年輩者の中には大原家に対する感謝を口にする人が今も少なくない。

戦争中、倉敷が空襲を免れたのは、人類共通の財産である世界的な美術品や絵画を爆撃で焼失させるなという連合軍司令部の指示で爆撃目標から外されたためと言われている。
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倉敷駅。駅ができた1891(明治24)年は市町制が敷かれ、岡山県倉敷市となった年。駅は新しい時代への第一歩の象徴でもあった。現在も倉敷を訪れる大勢の観光客で駅は賑わっている。
イメージ 大原孫三郎氏が建てた大原美術館の収蔵品は、エル・グレコの「受胎告知」をはじめ世界的なコレクション。現在も自力で蒐集している美術館は世界でも数少ない。
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大原美術館と向き合って建つ豪壮な屋敷は大原家累代の本宅。母屋、土蔵など10棟が重要文化財に指定されている。
地図
本物の西洋美術を多くの人に
倉敷の由来は「倉屋敷」。古くから物資の集散地として賑わい、天領地であった江戸時代には活気と繁栄を極めた。高梁川の上流域からさまざまな物資が集まり、各地の産物も海から運ばれ陸揚げされた。こうして代官所を中心に、河畔に無数の倉が建ち並ぶ町になった。

明治になっても倉敷の商人は近代化に積極的に取り組む。大地主であった大原家は倉敷川の水運を利用して繊維産業を興す。父から事業を継ぎ日本有数の紡績会社に育てた孫三郎氏は希代の実業家だったが、社会良心の人でもあった。情熱を傾けた一つが教育。画家で終生の友、児島虎次郎に託して西洋の名画を無条件で蒐集させ、大原美術館を設立したのは趣味ではなかった。本物の西洋美術を展示し、多くの人の教育に役立てたいというのが2人の目的であったという。

西洋美術を観賞する余裕などなかった時代に、美術を通じて西洋の文化を根づかせた先見性は驚くほかない。「倉敷に行けば本物の西洋美術にふれられる」。たちまち日本中に知られ、多くの人を惹きつけることとなった。
美観地区に隣接するアイビースクエア。ホテルを中心にレストラン、チャペル、児島虎次郎記念館などさまざまな施設がある。蔦の絡まる建物はもと紡績会社の工場跡地で、江戸時代には代官所があった。 イメージ
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ローテンブルクのような町に
父の残した美術館や歴史的建物を核に、總一郎氏は理想の都市づくりに取り組む。自ら蒐集した現代美術の名品を美術館のコレクションに加える一方、鶴形山を中心とした一帯を歴史の面影を残した美しい景観の町並みにしようと構想した。

1938(昭和13)年、外遊の折りに南ドイツのローテンブルクという、ロマンティック街道の中世都市の佇まいの美しさに感動し、そこに都市の理想の姿を見た。訪れる人も稀だった古都は戦火で壊滅するが住民の力で町は完全に修復され、世界的な観光名所となった。

そして提唱されたのが「倉敷ローテンブルク構想」。倉敷を、日常の生活のなかに歴史を生かした町に…。掘割の改修・整備を進め、美術館の分館、喫茶エル・グレコ、国際ホテル、考古館、染色館…と美観地区の中核を成す建物が次々と建てられた。こうした都市づくりの理想は多くの人に受け継がれ、倉敷は全国でもいち早く歴史的景観の町として観光客を惹きつけ、現在も変わらぬ町の魅力になっている。

都市づくりの理想がなければ、倉敷も一地方都市に過ぎなかったに違いない。先人の情熱に思いを馳せて美観地区を歩くと、さらに奥深い倉敷の魅力を発見できそうだ。
今日の美観地区の基礎は、總一郎さんが提唱した「倉敷をローテンブルクのような町にしよう」という理想によって築かれた。 イメージ
倉敷川に姿を映す倉敷考古館の佇まいは、倉敷の代表的風景。壁面に施された貼り瓦の格子模様がモダンな印象を与える。 イメージ
東町の歴史的な家並み。日常の暮らしのなかに歴史が息づいている。 イメージ
「娘時代、身近に西洋の名画にふれられたことは私の財産になっています」と、陶磁器ギャラリーの店番をする難波さん。 イメージ
駅の北側にある「倉敷チボリ公園」。デンマークのコペンハーゲンにあるチボリ公園をモデルにつくられたテーマパーク。 イメージ
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