Blue Signal
July 2004 vol.96 
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鉄道に生きる
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鉄道に生きる【大坪 英富[おおつぼ ひでとみ](53)吹田工場 台車センター 車両管理係】
電車の車体を支え、レールを走る台車。
この台車の検査修繕なしに鉄道の安全は語れない。
台車の「輪軸のエキスパート」と呼ばれる男を訪ねた。
輪軸ひとすじ30余年
安全快適な車両を提供
大阪府の北部に位置する吹田市。1970(昭和45)年には同市の千里丘陵で日本万国博覧会が開催され、約6,400万人の入場者でにぎわった。この吹田市にJR西日本の車両工場(吹田工場)がある。ここでは、近郊通勤型電車および、特急列車などの検査修繕を行っている。

大坪英富は、ちょうど万博の翌年にこの吹田工場に入り、以来30年以上にわたって、電車の走行装置の最も重要な部分である台車の検査修繕に携わっている。

「叔父がこの吹田工場に勤めていたんです。それで話を聞いたり、工場見学に行ったりするにつれ、検査の仕事をめざすようになりました」と語る大坪。あこがれの職場に入り、まさに“縁の下の力持ち”ならぬ“車両の下の力持ち”として列車の安全運行を支えてきた。
100分の1ミリの精度をキープ
吹田工場では、2,000両近くの列車の検査修繕を行っている。車両を解体し、さらに各機器を分解して細部まで検査を行うが、大坪が所属する台車センターは、車輪が組み込まれた台車部分を担当する。この台車から、さらにモーターや車輪、輪軸を分解して検査を行うが、この輪軸部分が彼の専門分野だ。

「輪軸の検査修繕で一番大切なのは、寸法管理です。100分の1ミリ単位で調整を行いますが、一切の妥協は許されません」と大坪。温和な彼の瞳が、寸法管理という一言を発する瞬間、鋭くなった。「鉄の部品が合わさって動くわけです。輪軸にベアリングを入れるとき、車輪を入れるとき、この精度を保てなければ安全な走行ができませんから」と続ける。

彼にとっての誇りは、入社以来1度も台車関係の事故を起こしていないこと。計測器を10分以上握っていると体温によってさえ精度に狂いが生じるという、100分の1ミリへの厳しい寸法管理が成し得た勲章だろう。
足まわりは私に任せろ!
「好きな仕事だからストレスなんてありません」と語る大坪だが、そんな彼を悩ませた唯一のものがある。2年前に導入されたNC車輪旋盤という機械がそれだが、コンピューターを使って制御するもので、従来の機械と違って操作もパソコンを使って行う。マイクロメーター等の計測機器のエキスパートである彼にとっても、コンピューターは初体験。それでも果敢にチャレンジし、若いインストラクターに厳しい声をかけられ情けない思いをしながらも、わずか1カ月で使えるようになったという。この常に前向きな姿勢が、職場でも厚い信頼を得ている。

「これからの課題は、新しい時代をリードする後継者を育てること。作業全体の流れを把握し、オールマイティーに仕事ができる人が理想です。検査修繕の固有技術を確実に継承することが私たちの使命です」と大坪。後輩指導にも熱が入る。

「列車の足まわりは我々に任せて、みなさんは安心してご乗車ください」と、長年にわたって安全を支えてきた男の自信に満ちた言葉が吹田工場に響いた。
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台車センターではさらに各パーツに分解し、検査修繕する。大坪の専門分野は輪軸部分。
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台車から外された輪軸を計測し、一つひとつチョークで数値を書いていく。
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計測の精度は100分の1ミリ単位というマイクロメーター。長時間握っていると体温さえ精度に影響する。
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次々と進化する検査修繕のための機械。その適応力も職人の技だ。
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検査修繕が終わり落成した台車に、別部門で検査修繕を終えた車体が取り付けられる。
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