エッセイ 出会いの旅

斉田季実治

気象予報士、防災士、危機管理士(自然災害)。1975年生まれ、熊本県出身。北海道大学で海洋気象学を専攻し、在学中に気象予報士資格を取得。報道記者として、2003年の台風10号や十勝沖地震の被害をヘリコプターから中継するなど、自然災害の現場を数多く取材。民間の気象会社で経験を積み、2006年からNHKで気象キャスターを務める。現在は「ニュースウオッチ9」に出演。北海道から九州の一都一道二府四県に住んだ経験があり、日本各地の気象特性に詳しい。気象・防災・環境の講演や出前授業を通して、自然の「素晴らしさ」や「怖さ」、「変化」を伝えている。著書に『いのちを守る気象情報』(NHK出版新書)、『知識ゼロからの異常気象入門』(幻冬舎)など。

「時刻表とウイスキーと、青春18きっぷ」

 私のプロフィール欄には熊本県出身と紹介されていますが、実は東京生まれなのです。林野庁の役人をしていた父親の転勤で、物心つく前から日本各地を転々として暮らしました。どこが自分の出身地なのか分からないくらいです。生活したのは一都一道二府四県、通った小学校は4校、引っ越し回数は18回。小学生の頃は春が近づくと「そろそろ引っ越しかな」と覚悟していました。

 転校は年中行事のようなものでしたが、それを嫌だと思ったことが一度もなく、かえって環境が変わることを面白がっていたほうです。住んだことのない土地に住んでみたい、行ったことのない場所に行ってみたい、見たことのない風景を見てみたい。そういう好奇心が強く、引っ越しするとすぐ、自転車で町を探検したりしたものです。

 それに、地域によって天候や風土が違うことにもとても興味があったのです。子供の頃、自分では気づかなかったのですが、両親や兄からよく言われたものです。「いつもアゴが上にあがっている」。いつも空を見上げて、いつまでも飽きずに空を観察している子どもだったようです。

 高校3年まで過ごした熊本から、北海道の大学に進学したのも「行ったことのない土地」への好奇心からです。気象予報士になったのも、振り返ってみると、いつも「アゴを上げて」空を夢中に眺めていた頃の姿がその原点になるのでしょう。そんな土地への好奇心と、自然への探究心を満たしてくれたのが「旅」です。

 父親には登山によく連れて行ってもらい、自転車でたびたび日帰り旅もしましたが、一人で気ままに鉄道の旅をしたのは高校を卒業してすぐです。祖母の家がある福岡で一浪をしていた私は、両親が住む岡山県の津山まで「青春18きっぷ」の旅をしました。普通列車と快速列車に全線乗り放題の、学生には実にありがたいきっぷです。

 行きは博多から門司へ、関門トンネルを経て山陽本線で下関から広島へ。そこから途中下車と乗り換えを繰り返して中国山地の町々を訪ね、岡山で津山線に乗り換えて岡山県北部の津山へ到着。帰りは日本海に出て鳥取、米子、出雲、長門と山陰本線で日本海沿いに西へ西へと辿り、再び出発点の博多へ。

 この、はじめての一人旅は、私の好奇心と探究心を十分に満たしてくれました。思いついた駅で降りて町を散策し、風景を楽しんだり郷土の美味しいものを食べたり。そしてそれ以上に、気候や風土を体感してわくわくしたものです。特にはじめて見た鳥取の砂丘、砂漠のような砂丘を実体験した感動は今もはっきり覚えています。

 山陽、山陰、中国山地の内陸部、すべての地域が気象も風土も異質。このことを身をもって体感したのもこの旅でした。5枚綴りの「青春18きっぷ」を有効に使えば、北海道から九州、日本全国どこへでも、日本一周も自由にできる。以後、北海道大学に入学した後は、東京の実家から福岡の実家に帰省するのに「青春18きっぷ」をフル活用です。

 春、夏、冬の休みには必ず「青春18きっぷ」。時刻表を睨んで、電車の乗り継ぎを自分なりにプランニングする。たとえば一枚のきっぷで東京駅から九州の博多駅に行くには、夜の23時台に出る東京駅発の東海道本線のきっぷを小田原あたりまで別に買っておき、0時を過ぎて18きっぷを使う。すると一枚で夕方には博多到着、熊本までも一枚で行けたはずです。

 その逆に途中いろんな路線をジグザクに乗り継ぎ、途中下車を繰り返して帰省する楽しみ方もありました。時刻表で丹念に乗り継ぎを調べ、それが上手くいった時の達成感は格別です。たいてい旅は一人でした。もっとも20歳を過ぎると、ポケットにはウイスキー。

 列車の窓際に身体をもたせかけ、開いた時刻表を片手にウイスキーをちびりちびり。そうして車窓の向こうを、生成と消滅を繰り返す空の雲や、風景をぼんやり眺めている。雲の様子を見て「ああ、天気が崩れていくな」と一人呟いている。時間に追われる今、かつての旅がとても懐かしく思えてきたりするのです。

 NHKの出演は毎週月曜日から金曜日ですが、台風や重大な事態が発生すると、翌日の明け方までという場合もあります。土曜日や日曜日の講演もあり、放送の後、寝ないまま講演先に向かうことも珍しくありません。移動は新幹線か飛行機がもっぱらですが、だからなおさら、一年に一度くらい、家族と一緒に時間に囚われない旅をしてみたい。

 各駅停車の旅にしか味わえない楽しみと贅沢があります。私が楽しみにしたのは、その土地土地を走る列車から見える雲のでき方や、天気の前兆のようなものを観察することでした。列車が行く先々で気象の特徴を探しながら、心地よく電車に揺られるままの時間が至福だったのです。

 子どもの頃から引っ越しを重ね、日本の各地を転々として「毎日、空を見上げる生活」を続けてきたからこそ分かったこと、予測できること、伝えたいことがあります。いまはよくタワービルの屋上スカイデッキから空の様子を眺めています。「予想したとおり雲が切れて晴れ上がってくると、うれしくて一人ほくそ笑んでいる」、そんな私です。

ページトップに戻る
ローカルナビゲーションをとばしてフッターへ